第36話 僕が殺した女ともう一度ラストダンスを

 沢渡が王子様イケメンを後ろから蹴り飛ばす。

 レンが出口に向けて走り出した。

 軍人がアサルトライフルを構え、妖女が拳銃を持って走りだす。

 発砲音が連続して、人質が銃弾を浴びて倒れ伏す。

 妖女が人質ごと沢渡を撃ち抜こうとしたのを知り、沢渡の心に苦いものが満ちた。

「……そんな、どうして……」

 絶望の光を目に浮かべて倒れた王子様イケメンを、妖女が蹴り飛ばして、沢渡に迫る。

 その向こうで脱出しようしているレンに、壮年の軍人がライフルを向けていた。

 腰から手榴弾を取り出し、ピンを抜く。

 妖女の銃撃を倒れ込みながらかわし、沢渡は軍人の近くに手榴弾を投げ入れた。

 そのまま転がって、妖女の銃撃をかわし、左手でナイフを抜く。

 爆発が起こったが、軍人はしっかりと待避していた。

 それでも出口に、レンが飛び込んでいった。沢渡は笑みを浮かべる。

「……仲間を逃がして英雄気取り? あんたには恨みがたっぷりある。後悔させたげるよ」

 銃を構えて妖女が嗤う。

 その向こうで起き上がった軍人も沢渡に狙いを定めた。

 沢渡は「集中」を発動させる。深く、奥に、さらなる向こうに。

 二人を相手にできない。ならば一人とインファイトしかない

 視界が妖女の目と銃口だけになって、沢渡は突進した。

 放たれた弾が一発脇腹をかする。問題ない。

 距離を詰めた。止まらずに至近距離を維持することこそが、唯一の活路。

 左手のナイフで妖女が突きつけた拳銃をはらった。

 右手の拳銃を妖女に突きつけようとして、相手の手に阻まれる。

 沢渡の脚が出たのは訓練とNINCRMの結実だった。

 教官達にかわされてきた膝蹴りが、素直に相手の腹に食い込む。

 妖女の向こうに軍人がいらだたしげに照準を定めようとしているのを見て、沢渡はほくそえんだ。

 それで妖女の動きを見落としたのか相手の拳が沢渡の頬にめり込む。

 ふらつく頭でナイフを振るったが拳銃に止められた。

 妖女が、歯を剥いて嗤った。

 反射的に後ずさろうとして衝撃が沢渡の股間にきた。痛みがはしり、沢渡は股間を押さえうずくまる。

「あっはっはっは! やっぱり男なんてこんなもの! さあ、その格好でみじめに死……」

 勝ち誇って嗤っていた妖女の声を銃声が遮った。

 驚愕した顔で妖女は、自らの腹を見る。

 穴が開きそこからじわりと血が滲んで、したたっていた。

「そんな……どうして……」

「今時、局所プロテクターぐらい装備してるさ。蹴った時の感触が違うでしょ」

 拳銃とナイフを構えながら、沢渡は立ち上がる。

 妖女が拳銃を構えようとしたその腕を、沢渡はナイフで切り裂き、そのまま首に突き立てて抜いた。

 血しぶきが盛大に吹き上がる。その血しぶきの向こう側から悲痛な叫びがあがった。 

「アーヤー!」

 妖女がよろめき、ゆっくりと倒れていく。

 沢渡をかすめて銃弾が飛び去り、沢渡は後ろに跳び、そのまま階段を下りて身を隠した。

 軍人が倒れた妖女のところに駆け寄り、血まみれの妖女の体を大事そうに抱き起こす。

「貴様ぁ! なぜ撃った! アーヤーは女なんだぞ!」

 軍人の怒りに満ちた叫びは、しかし沢渡の脳裏に疑問符を増やしただけだった。

 殺し合いをしていて、なぜ撃ったと言われるその意味がわからなかったのだ。しかもVRだ。現実ではない。

「VRと言えど、撃たれ切られれば心が傷つくのだぞ! 男なのに女を殺すことになぜ疑問を持たない?」

 困惑する沢渡から、敵に対するわずかなためらいが抜けていく。

 ならばどうして銃を持たせた? 沢渡は心の内でそっとつぶやいた。

 撃っていいのは撃たれる覚悟がある者だけだ、そういう陳腐な台詞がこの状況にはぴったりだ。

 わかりあわないから、弾丸でわからせるしかないのだ。たとえ心が壊れても。

 そこに女だからという言い草を持ち出す連中は滑稽だ。

 屈強な男でも幼女でも弾丸で撃ち倒されるから、銃の前では皆平等なのだ。

 鉛玉は善悪男女老幼を区別しない。それをわかっていない。

 しかもVRならば、死は終着点ではない。

 撃ち倒されても、復活し、復讐することができる。

 怨嗟を叫ぶ暇があるなら復讐の牙を研ぎ、殺す技術を身につけるか、和解するしかない。

 ましてやあの妖女自体が、右も左もわからない初心者相手に弾丸での意思強要を続けてきた。ならばその意思に答え、報復の弾丸を女の体にぶちこむことこそが、もっとも真摯なコミュニケーションだろう。

 暴力で意思を押しつけあい、悲しみと怒りを双方が共有する。そして被害の大きさに疲れ果てて闘争を止める時、相手の意思を理解するのだ。

 それが人の原初からなされてきた闘争コミュニケーション。

 沢渡は冷たい怒りで、頭が冷めていくのを自覚していた。

 銃を持たせておいて犠牲に泣き叫ぶ愚かさと身勝手さに、憎しみがわく。

 あの軍人はこのGPFを根本的に侮っているのだ。本物の闘争だと思っていない。

 ルールが違うだけの「別の現実」だとわかっていない。

 沢渡が愛している「別の現実」をあの軍人は、まだここに至っても見下している。

 なら……この弾丸で沢渡の意思をぶつけるのみ。

 沢渡の頭が計算を始める。

 一人はなんとかした。あと一人、レン達への追撃を阻止しなければいけない。

 レンの顔が、レクトラの顔が、そしておとりにしてしまった二人の顔が沢渡の脳裏に浮かぶ。

 沢渡は顔を上げる。なすべきことをなすために。


「なるほど、女の子を撃つべきではなかったと言うんだね」

 沢渡の声に不穏な響きを感じたのだろうか? それとも突然の返答にとまどったのか、軍人は黙り込んだ。

「じゃあ、女の子らしく扱うためにレイプでもした方が良かったのかな?」

 沢渡の声はあくまでも普段通り軽かった。

 むしろ挑発としては情感が欠落して乾いていた。

 けれども、帯電したような沈黙があたりに満ちたのを沢渡は理解した。

 階段の上に人影を見た時、沢渡は手すりをのりこえ、下に飛び降りた。

 その後ろを銃弾が追った。

「クズが! 殺してやるぞ!」

 言葉と共に軍人は、階段を下りてくる。その歩調は耐えきれない怒りを抑えるかのように大股だった。

 沢渡が足音あたりを狙って撃ち返すと、軍人のいるあたりからなにかが落ちてきて、沢渡は階段を何段も飛び降りて伏せた。

 爆発音がして、階段が揺れる。

 上から階段を駆け下りる音を聞き、沢渡は身を起こすと、再度撃ち返してから階段の手すりをのりこえて下に下りた。

 ひきつけることはできた。そう沢渡は分析した。

(戦闘において不利な場合、増援は望めるか? 難しい 情報は望めるか? 否 戦闘目標の変更は望めるか? 否 戦闘環境は改変できるか?……戦闘環境!)

 沢渡は走っていた足を止めて、壁を見上げる。

 ほぼ廃墟の建物。しかし人の手がわずかに入っている、そのわずかな部分。

 沢渡は、拳銃をそれに向けた。


 軍人は怒りと殺意を目に宿して階段を下りていったが、やがて下る階段の先が濃い闇に包まれているのを見た。上の階段でぼんやりと光っている照明が、下の階段では点灯していない。目をこらすと、破損しているように見えた。

 視界の隅できらりとなにかが光り、銃声が響く。

 敵の弾が左腕を軽くえぐり、罵声を発しながら軍人はアサルトライフルを撃ち返した。

 しかし手応えはない。

「上がってこい! 臆病者! 女は殺せても俺は殺せないのか!」

 答えは銃声だった。軍人は姿勢を低くしてやりすごす。

「おまえに誇りがあるなら上がってこい! 暗闇でこそこそとかぎまわるネズミでなく、戦士というならばな!」

 だがやはり答えはさらなる銃声だった。

 舌打ちをして軍人はアサルトライフルにフラッシュライトをとりつけた。

 手すりから離れ、壁に沿ってゆっくりと下りていく。

 周囲の光が頼りなくなり、物の色が周囲から失われ、フラッシュライトの照らす範囲内だけが鮮明になる。

 闇の中できぃと鉄格子の扉が開く音がした。

 軍人は鉄格子に向けてライフルを連射する。

 鉄格子に弾があたり、派手な跳弾が何発も起こった。

 やがて静けさを取り戻した中でフラッシュライトに照らされて鉄格子だけがきぃきぃと鳴り続けた。そんな鉄格子の扉を開けて、軍人は奥へ逃げた沢渡を追った。


 地下三階の通路の入り口で軍人のアサルトライフルが吠えた。

 連射音と共に、牢の扉にあたって跳弾をおこした弾が何発もあたりを飛び回った。

「出てこい!」

 再度、軍人はアサルトライフルを連射した。

 だが、反撃どころか、物音すらしない。

 フラッシュライトの照らす円の中に、さびた鉄の扉とカビで黒く汚れたコンクリートの壁が浮かび上がる。 

 ライフルを上下左右に振り回しても、天井や通路や牢が見えるだけだった。

 軍人は自分がおびき寄せられたことを自覚していた。

 だが、相手の小柄な男が一番にやっかいそうだと判断をしているので迷いはない。

 引き返して他の連中をやったとしても軍人自身がやられてしまえば、軍人にリスポーンがないこともある。そこは正規プレイヤーではない弱点だ。

 新たに憑依改変するNPCを見つけ、憑依を成功させ、使い物になるまで改変するには相応の時間がかかる。それに……と軍人は思った。

 PTSDのストレスはとても危険だった。無理矢理憑依し改変してアクセスするのと引き換えに、撃たれ切られた時の心理衝撃は強い。

 正規プレイヤー達がPTSDの治療を受け、軽快して治っていくのとは逆に、彼らの仲間が被った精神的ダメージはあまり癒えていない。

 彼の娘、アーヤーはしばらくの間フラッシュバックを頻発していた。

 現実世界での治療を受けかなり改善したが、だからといってダメージは無視できない。

 だから、軍人はあの小柄な男をなんとしてもここで壊さねばならない。

 家族を守り、娘の意思を助け、戦わねばならなかった。

 不意に発砲音が響き、前方が光って前胸部のボディアーマーに強い衝撃を受けた。

 撃たれたと感じ反射的にアサルトライフルを連射した。が、やはり手応えはなかった。

 負傷はない。アーマーが拳銃弾を止めた。

 だがぞっとする気分は抑えられなかった。

 軍人は扉の陰に隠れると慎重に先端のライトで闇を探っていった。

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