第35話 やはり暴力でかたをつけよう

 PSDパーソナルスマートデバイスをカメラモードにした。

 そしてそっと階段の上に差し出す。

 画面に映ったのは、一人の男。軍服の壮年男性だった。

 その軍人がこちらを向く。沢渡は慌てて手を引いた。

「そこにいるのだろう? 出てくるんだ!」

 PSDパーソナルスマートデバイスに録画された相手の画像を確認する。

 アサルトライフルを持ち、手榴弾もいくつか吊っている。

「どうする?」

 レンが尋ね、シュンは首を横に振った。

「どうするもこうするも、人質使って交渉するしかない。このままじゃ戦闘は無理」

「人質がどうなってもいいのかーて奴?」

 沢渡はレンの問いにうなずいた。

「負傷者もログアウトボディも多過ぎるんだ。卑怯だけども使えるものは使うしかない」

「卑怯って、それを言うと拉致して閉じ込めて放置の方がよっぽどだけどな」

「まちがいないね」

 沢渡はレンに笑って答え、そしてアーヤーと王子様イケメンを立たせた。

「こちらには人質がいる。そこを通さなければ、人質の待遇は保証しない」

 沢渡は声を張りあげた。沢渡の低くない声では威嚇の威力が今ひとつだと思った。

「人質の顔を見せろ!」

 しかし帰ってきた反応は、沢渡の予想を外した。


 沢渡は人質達の後ろに立ち、階段を三段上がった。

「顔を見せた」

「もう一段上がれ!」

 人質達をうながして、さらに一段のぼり、沢渡は自身は体を低くした。

「この通り人質が二人だ」

「……解放の条件は?」

「全員に手を出さず、ここを通してもらう」

「だめだ」

「では人質を盾にして通ることになる。人質を盾にしてあなたを倒しても、こちらはそれで問題ない」

「通すのは負傷者と女性だけだ」

「こちらは交渉をする気はない。ここに拉致して監禁した奴らとはね。これから人質を盾にしてそこを通るよ。人質ごと撃つかどうか決めておいて?」

 王子様イケメンの顔がひきつった。

 暫時、重苦しい沈黙が流れ、また声がかかる。

「人質と通行の交換だ。まず女の人質を解放しろ。同時に負傷者と女性を通す」

「交渉はしないと言った。負傷者、女性に加えてログアウトボディ全員と、一人護衛も通す」

「いいだろう。ログアウトボディ全員と一人の護衛も通そう」

 その声で沢渡は、後ろに向かってうなずいた。



 フロアに上がった沢渡は歩きだすアーヤーの背中に拳銃の照準を定める。

「ゆっくりと歩いて。走ろうとしたら全弾撃ちこむから」

 負傷が少ない初心者の一人が拳銃を握りつつ、負傷者達とログアウトボディ達を率いて出口に向かっていく。

 フロアの真ん中に立つ壮年の軍人は、油断なくアサルトライフルを構えていた。  

 レンは、王子様イケメンに拳銃の照準を合わせている。 

 レクトラは、負傷者達の一番後ろを歩いていた。

 時折ちらりと沢渡に視線を寄こすが、なにか語ることはなかった。

「少年」

 軍人が不意に語りかけた。

 沢渡は返事をせずに、アーヤーに集中した。

「おまえには守るべきものがあるか? 愛するものがあるか?」

 軍人は沢渡の返事を待つ気はないようだった。

「あるまい? だからこんなところで遊んでいる。仲間を逃がし私と銃を突きつけあう気概を持ちながら、それをつまらぬもので浪費をしている」

 負傷者達は部屋の中ほどに達し、アーヤーも沢渡と軍人の中間ぐらいに至った。

「少年! 守るべきものもなく愛すべきものもなくなぜ戦う? 貴様は戦いに快楽を見いだしているのか? 人殺しが好きなのか?」

「そんなわけないだろ!」

 声をあげたのはレンだ。

「大丈夫。反論しなくていい。人質に集中して。あれは撹乱の手だよ、きっと」

「……わかった」

 レンは反論しないことに不満そうだった。それでも沢渡の意思をくんで沈黙し、人質に注意を戻した。

「笑わせるね、全く」

 だが思わぬところから反論が始まった。甘く涼やかなアルトの声、レクトラだった。

「シュンがここまで育ったのは、このVRMMOで遊んでいたからさ。君達の言う現実世界では、シュンはその才能を育てることも開花させることもできなかった」

「だが彼を産んだ国、社会、母、そうしたものを尊重せずに、VRに入り浸ることが、人として正しいのか!」

 軍人の声にわずかにいらだちがこもったように沢渡は思った。

「はっはっは! その国が社会が、ある種の男を役に立たない邪魔者、性的に問題を起こすだけの邪魔者として扱ったのにかね? VRにはまり込んでも気にもせず、馬鹿にしていたのにかね?」

 レクトラの声が、揶揄の色を帯びた。

「役に立たない男や問題を起こす男はしかたがない! だが彼は人を救い戦う力を持っているのだ!」

「その力を、能力を育てのは、現実じゃない。ここさ。このVRMMOが彼を育てたのだよ。君達は勝手に育ったシュンを盗もうとしているのさ。シュンの努力を、都合良く女相手に使わせて、その成果を盗もうとしている、成果泥棒なのさ」

 レクトラは笑った。そんなレクトラに軍人は胸を張った。

「男が独りで育ち、その成果を現実の女に注ぐのが、なにが悪い? それは太古の昔からある男のあり方だ」

「いやいや、シュンは私がもらうと決めた。彼を選ばなかった現実の女達にはやらない」

 その時のレクトラは、雌の肉食獣の雰囲気があった。

 軍人は絶句し、沢渡も、レンも驚愕して、顔を見合わせていた。

「ふふふふふ、現実へ帰れとか、本当に笑うね。現実に戻っても都合が悪ければ労働力としてしか扱わず、都合が良ければ女の人生保証の道具。それが本当に男の人生なのかい? 君達は男に対して君達にとって都合のいい男になれとしか言ってないのだよ」

 沢渡は驚きながらも、足が止まりがちな負傷者達に、歩き続けるようにジェスチャーをした。アーヤーは、完全に足を止めてレクトラをにらんでいる。

「女が、男に関わらず勝手に生きる時、それをとがめるかい? そんなことを言うのは少数の馬鹿だけだ。なのに、男が女に関わらず勝手に生きていると、わざわざここに不法侵入してきて、男に君達の勝手な都合を押しつけようとする。君達は男女平等という言葉を知らないのかい?」

 だが男女平等の言葉を聞いて、軍人は鼻で笑った。

「ふん、男女平等か? それは不幸なものが最小になるなら正しいだろう。だが、そうではない。女が苦しむだけの男女平等など、男の怠惰の方便に過ぎん」

「なるほどなるほど、そうかい。女が苦しい時は平等など投げ捨てると。実に結構。いっそすがすがしいね。……シュン、勝ってくれ。この女性を守る騎士気取りの迷惑な侵入者達は、さらなる暴力で打ちのめされるがいいと私は思う。勝ったらすごいお楽しみを用意しようじゃないか。期待してくれ」

 そう言うとレクトラは負傷者達の後を追って出口の向こうに消えた。

 残ったのは、気まずい沢渡と、興味津々のレンと、なぜかこちらも興味津々な王子様イケメン。

 そして怒りをたぎらせてる軍人と妖女だった。


「さて、残りの一人だけど」

 沢渡が声をかけたが、軍人も、軍人に寄り添う妖女も、目に怒りが宿っていた。

 レクトラが反論したのであって、僕に敵意を向けられてもなと沢渡は思う。

「どうするんだ?」

 返答はない。ただ怒りと敵意が向けられるだけ。

 これはもうだめだな。

 沢渡には不思議にそれがわかった。いや、不思議でもない。敵意に満ちた相手の目を見て、それがわからないのであれば、いつまでも初心者だ。

「脱出するよ。人質を連れてゆっくりと出口の方へ向かおう」

「人質を返さないのか?」

「返しても返さなくてもやる気だよ。……あのアーヤーが戻れば、それで問題ないのだと思うよ」

 レンの顔が緊張に引き締まった。

「始まったら全力で出口まで走って、そのままみんなのところまで走るんだ」

「シュンはどうするんだ?」

「足止めをする。うまくいったら追いかけるから」

 レンの顔が、悲壮なものになる。沢渡はあえて笑いかけた。

「言っとくけど君だって大変なんだよ。僕が突破されたら……がんばってみんなを守ってよ?」

 レンは、泣きだしそうな顔をうつむけ、そしてうなずく。

「……わかった……」

「じゃあ、またね」

 沢渡は小さく手を振った。

 そしてじりじりと人質を盾にして、沢渡とレンは出口に向かって移動していく。

 かちりと妖女の手錠が外れた。

 軍人が拳銃を妖女に渡す。

「よくも好き放題、やってくれたわね」

「逃がしはせん!」

 二人が吠え、沢渡はレンに向かって叫んだ。

「走れぇぇぇぇ!」

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