第33話 闇の底での邂逅
「やあ初めまして。ところで後ろ」
沢渡が後ろからの襲撃をなんとかかわせたのは、得体の知れない女の忠告よりは、よどんだ空気が動いたからのほうが大きいだろう。
それでも背後からの奇襲を完全に防ぐことは難しく、思わずつきだしたライフルをあっさりはじき飛ばされた。
飛んでいったライフルが、鉄格子になんどかぶつかる音をさせ、それからどこか遠い床に落ちて、金属音を遠く響かせる。
振り向く間もなくさらなる追い打ちの殴打が来て、なんとか肩で受けて距離をとった。
目の前には見知らぬ人影。
反射的に体を一回転させながら蹴りを放つ。
ブーツが肉に食い込むのを感じ、男の苦鳴がわいた。
銃を抜きたかったが止める。正体不明な女性がいて、捕虜の妖女もいたからだった。
相手も同じらしく、発砲音が起こらない。
沢渡はナイフを抜いた。
しかしナイフが照明の光できらりと光り、沢渡は反射防止を施していないことを後悔する。
闇の中におぼろげなシルエットが、三つ。
(いや、もう一人!)
後ろから伸びた腕が、とっさにかがんだ沢渡の頭をかすめる。
手に黒い棒状のものが見えた。
そのまま後ろの敵は体を縮めて避ける。
けれどもそれで状況が良くなるはずもない。
「銃でやれ。こっち向きなら撃っても大丈夫だ」
男の声と共に狭い通路を四人の影が塞ぎ、影達が腰に手をやり、なにかを抜き出した。
沢渡は反射的に奥に向かって走りだし、ついでに頭に引っかけてあった暗視ゴーグルをかぶる。
逃げる沢渡に影達から銃弾が撃ちこまれたが、幸運にもあたらなかった。
沢渡はそのまま監獄の通路を、奥へ、闇が濃い方へ走っていく。
途中、左に並ぶの独居房の一つに四角い開口部が見えた。
横っ飛びで入り、入り口のすぐ横に隠れる。
すぐに足音がやってきて、そして沢渡が隠れた房あたりで止まった。
「どこだ?」
「このあたりで足音が消えた」
「こう暗くては……」
「音に注意しろ。変な音がしたら弾をぶちこめ!」
小さな光が通路を走る。フラッシュライトの光だった。
入り口あたりと比べると格段に闇が濃いここらでは、光はよく目立った。
その光が、沢渡の房の中を照らす。朽ちた壁、なにかの白いタンク、黒く変色したマットレスが置かれたベッド、汚れがこびりついた便器が光の中に見える。
沢渡は腰を下ろしできるだけ体を小さくして、ナイフを構えた
がたりと音がして人影が入ってくる。
フラッシュライトで扉の左右を照らすが、しかし下までは光を向けない。
そのまま人影が拳銃とフラッシュライトを構えて恐る恐る中に入ってきた。
沢渡はそっと立ち上がり、敵に飛びかかった。
暴れる男の口を塞ぎ、頸動脈にナイフを突き立てる。
わずかなうめき声とともに敵の体が倒れかかってくるのをそっと横たえ、敵のライトを奪い取った。
「どうした?」
「誰か、変な声をたてたか?」
「聞こえなかったが?」
男達が話し合うのを聞きながら、フラッシュライトを掲げて房を出た。
光の中に敵の腕と胴体が浮かび上がる。
「おまえはなにか聞いたか?」
「いや」
声を低くして最小限の返答をする。
「ネズミかなにかいるのかもな」
「VRのくせにか。まったくここは変にリアル過ぎる」
「ほんとうに。あいつらがはまるのもわかる気はするよ」
「まあな。でもあいつらは女を放って遊ぶからだめなんだよ」
「静かにしろ。まだ敵がいるんだぞ」
注意する男の声に他の男達が黙り込む。
沢渡はフラッシュライトを消して、床にそっと置く。
足音を忍ばせ、一番近い敵のすぐ後ろにまわる。
暗視スコープには他の男の姿が映っていた。
ナイフをしまって銃を抜き、かがんでセイフティを外し、スライドを引いた。
後ろから腕を目一杯伸ばして、先頭の男を銃で狙う
マズルフラッシュが五度ほどまたたき、先頭の男が倒れた。
横にいた男が驚いて振り返り、発砲する。
けれどもその先にいたのは、沢渡が後ろについた男だった。沢渡は既に伏せている。
暗視スコープの中で前にいた男が倒れてていき、ただ一人残った男があたりをきょろきょろ見回し、フラッシュライトを四方八方に向けている。
「くそっ! 出てこい!」
後は難しくない。
沢渡は伏射で拳銃を構え、引き金を落とした。
明るい方へ通路を戻り、沢渡は一つ一つの房をフラッシュライトで照らしてのぞいていった。
どの房も朽ちていた。黒カビに汚れた壁、なにかの白いタンク、やはり黒ずんだマットレス、臭気が漂いそうな便器。
もちろん人はいない。どれも無人だった。そもそも扉に鍵がかかっていない。
けれども一番階段寄りの独居房の中に、長い髪のシルエットがいるのを見つけた。
少しためらって、沢渡は扉をノックする。
「大丈夫ですか?」
「こっちは大丈夫さ。そっちこそ大丈夫かい? てっきり君もここに連れてこられたのかと思ったけど、違うのかな?」
長い髪の人物が、扉の所までよってくる。
美しい女性のように見えた。
「……えと、連れられてきたんじゃないです。上で捕まってた奴が下に誰かがいるって言うので探しに来たんです」
隠す必要はないので正直に話すと、女性の顔に喜色がわいたように見えた。
「上にも看守がいただろう? まさか彼らも倒したのかい?」
「全員かはわかりませんが、倒しました。探した範囲では、他に看守はいないみたいです」
「それはすごい。実に素晴らしいぞ、君」
感嘆の声の後に、手を打つ音が聞こえた。拍手らしかった。
「……あの、ほんとに怪我はないですか?」
「ああ! 私のプリンプリンのボディは無傷だよ。暗くて充分お見せできないのが残念だね」
「……ともかく鍵を探してきます」
沢渡は謎の女と思われる声の力の抜け具合にとまどった。そして扉を開けようとして鍵が掛かっているのに気がつく。
すると横でぺたりと音がした。
「……そんな、まさか。全員やられるなんて……」
音の方には妖女がいた。呆然としてへたり込んだようだった。
沢渡は先ほどまでのアーヤーの余裕が、この伏兵のためだったと理解した。
沢渡は、暗い通路に戻って男達の死体を漁った。
目的の鍵は、先頭の男が持っていた。ついでに銃と弾薬も拝借した。
ふと通路に違和感を抱く。
通路に電線が何本もはっていて、用途不明のタンクのようなものがあちこちに置かれているのだ。
上層階では見かけなかったものだった。とはいえ、暗がりでそれ以上なにかがわかるはずもない。
沢渡は女性のいる方へ戻った。
それから女性が監禁されている牢の扉に鍵を差し込むと、問題なく牢の扉は開いた。
「それにしても実にヒロイックサーガをしているとは思わないかい? 君」
「はぁ」
「ヒーローが悪漢と悪女をなぎ倒し、とらわれた美女を救い出す。ロマンだね。この胸にキュンキュンくる」
「はぁ」
出てきたのは、光量が少なくても凹凸がはっきりとわかるグラマラスで長身の美女だった。 髪は、きれいな青銀……だと思う。わずかな光でそう見えた。
色の美しさだけでなく、髪は長くつややかで豊かだった。
その下には垂れ気味で優しく明るく、大人びた雰囲気を出しながら心の動きをよく伝える陽気な緑色の瞳がある。鼻は主張しすぎずまっすぐで、唇が赤く情熱的に厚い。
それらをやや瓜実型の白い顔にバランス良く納め、細い首と肩に載せている。
けれど胸部はTシャツに包まれて主張強く張り出している。ちょうどそれが沢渡の目線にくるので、沢渡はそっと視線をずらした。
そのTシャツは腰のところでしっかりとしぼられ、そこから覆うものがジーンズに変わって、成熟した女性を一番に強く主張する完璧に丸くなめらかな臀部に至り、両方の中間に隙間ができている太ももとなり、そのまま細くしなやかな下腿足首へとつながっていた。
一言で言えば、不思議なものを感じさせる陽気で大人の美女だった。
神秘性のある美しさと優しさ、そして陽気さと成熟性が見事にミックスされた、日本ではなかなか見かけない種類の美女と言た。
その美女が幸福そうな顔で大きな胸に手をあてて感慨にふけっている。
周囲の照明が明るくなったわけでないのに、陰鬱な感じが吹き飛んだのは、この女性の陽気で幸せそうな雰囲気のためだった。
その女性が沢渡を見る。
「ふむ、テンションが低いね?」
「……、あのあなたは? なぜこんなところに?」
当然するべき質問がやっと出てきて、美女はさも忘れていたというようにぽんと手を打った。
「おおー、これはいけないな。私はレクトラ。そこの女の仲間に捕まって、ここに入れられた」
長身の美女が優雅に沢渡に礼をして、そしてへたり込んだアーヤーをにらんだ。
沢渡は奥へ続く通路と、そこにわだかまる闇を見ながらレクトラと名乗る美女に尋ねた。
「どうしてここには、あなただけなんですか?」
「なぜ私だけと言われても困る。私にもわからない」
美女はお手上げというポーズをコケティッシュにした。
「看守が奥でなにかしていたことはあったが、ここに私以外連れられてきた者はいなかったよ。上の階では時々賑やかに人の出入りがあったが、ここはずっと私だけ。気づいて欲しくて歌など歌ってみたりもしたんだ」
表情豊かに語る美女に噓は感じなかった。沢渡は質問を変えた。だが反応はいまいち。
「……あなたはGPFの初心者なんですか?」
「? どういう意味だ? 初心者かと言われれば、全然違うがね」
「いえ、初心者が狙われてここに連れてこられたので」
「そうか。私の場合は、私の研究を悪用するためにここへ入れられた。実際へこたれて研究成果を一つ渡してしまったしね」
沢渡は思案したが、彼女を敵や罠と判断する材料はなかった。
ならば、助けを出してもいいだろうと沢渡は考えた。
「わかりました。ありがとうございます。ところで上の方に仲間を待たせています。僕は仲間に合流しますが、あなたはどうします?」
「もちろん、一緒にいかせてもらいたい。しかしそれよりもだ」
うすぼんやりとした明るさの中で、美女は沢渡の至近距離に歩み寄った。
美女のTシャツで覆われた大きく盛り上がった胸がちょうど沢渡の目の前に来て、沢渡は目を上にそらした。
それでも美女の甘い匂いは容赦なく沢渡の鼻孔を襲う。
その美女の目はちらりとアーヤーの方に移ってから、沢渡へと戻ってきた。
「助けてくれたお礼をしたいのだよ」
「……は、はい」
なんだろう? 沢渡は特に警戒するまでもなくのんびりとそう思った
次の瞬間、沢渡の頭は柔らかいものに埋まっていた。
え? と声をあげる間もなく女の甘い匂いに包まれる。
自分にものではない心臓の音が聞こえ、温かく柔らか過ぎる顔を覆う肉の正体に気がついて、沢渡は慌てた。性欲抑止は切っていたのだ。
慌てたが、抱擁からは逃れられなかった。
そのうちに相手の体がぷるぷると震えだし、やがて一瞬硬直した後脱力した。
それでやっと沢渡は抱擁から逃れ、突然沢渡を抱きしめた女の様子を見ると、よだれを垂らし弛緩している。
「ふう、素晴らしい……」
その表情と先ほどの感触で、沢渡は猛烈に欲望がたぎってきて股間が極めて素直に反応をしだしたのを自覚した。
(僕って奴は……)
ちょっと気を抜くと場所柄も状況も無関係に節操なくうごめきだすものに、ため息が出そうな気分になって、沢渡は性欲抑止を発動させる。
たぎったものが収まっていき、胸や匂いや感触に占拠されていた頭が、アーヤーや待たせている連中、目の前の女の思惑に思考をまわし始めた。
目の前の女の淫靡な表情という印象は変わらないが、自身が反応しなくなっていっている。
(なんとか落ち着いた)
と思った時、目の前の女が沢渡をとがめるような表情で見ているのに気づいた。
エロい気持ちが起こったことを見破られたかな? と思った沢渡に、しかし女は違うことを語り始める。
「……それは良くないな」
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