第32話 破獄、そして最下層の囚人

 独居房と思われる牢の扉がすべて開いたが、出てきたのは三人だけだった。

 残りは、ログアウトボディになっている。

 多くのMMO、そしてVRMMOではログアウト時には負荷軽減やいたずら防止のために、世界からアバターは消される。

 だがこのGun&Phantasic Frontierはそうではない。ログアウトしてもアバターは残り続けるのだ。それをログアウトボディとプレイヤー達は言い習わしている。

 正式名称は……確かログアウトアバター?だったはず。 


 沢渡は出てきた三人の中に、沢渡が監視中アーヤーに撃たれてここに連れてこられた二人を見つけ、応急処置をした。さすがに見殺しみたいもので少し後味が悪かったからだ。

「外部との通信はどう?」

「だめだ」

「こっちもだめだ」

 助けた人達にPSDパーソナルスマートデバイスを使わせて、フレンドに連絡をとらせたが、当然のごとくだめだった。

「まあそうだろうね。しかたがない、牢内のログアウトボディにメッセージを送って? PSDパーソナルスマートデバイスを近づけて、ログアウトプレイヤーにメッセージを送るを選択するんだ。内容は牢の扉を開けたので脱出してって」

 ログアウトボディへのメッセージはフレンドでなくても送れる。ただし受け取る側が全ミュートしてることもあるが。一応、ログアウトが数日以上続いた場合は、メッセージがあるとの注意は出る。


 他のMMOではログアウト時にアバターが消えるので問題にならないが、GPFではアバターが残る。

 ならばログアウト時のアバターの安全確保は、大きな問題になるという懸念は当然だ。

 もっとも、現状それは大きな問題ではない。

 ログアウトボディには、補助AIが宿るためだ。

 補助AIは積極的な行動はしないが、ログアウトボディへの窃盗やいたずら、レイプには防御反撃ができる。

 またログアウトボディを事前にプリプログラミングした特定の指示で動かすこともできる。

 歩いて目標に向かったり、車を運転して帰宅したりする事もできるのだ。

 むしろ現実でなぜ補助AIがないのだろうという嘆きは、GPFでの定番でもある。

 MMOならbot行為と呼ばれるものだが、GPFでは禁止されていない。

 かえって自動運転など自動化が進められて実装されているぐらいだ。

 ファストトラベルやワープが正規では全く提供されていないからこそ、こういう機能が充実しており、数日かかる旅は補助AIや自動運転で連続ダイブインをしなくても行えるようになっている。レベルや経験値、モンスターからの報酬ドロップがないゆえに、無駄な戦闘をしなくてもいいというゲーム設計もあった。


「補助AIの誘導なんかやったことないんだけどなぁ」

 沢渡は、妖女と王子様系イケメンを出てきた連中に監視させ、牢内で動かないログアウトボディに近寄りながらぼやいた。

 PSDパーソナルスマートデバイスのヘルプをあたりながら、それらしい機能を引っ張り出す。ログアウトボディの項目だ。誘導を選び、目の前のログアウトボディにかざした。

 誘導可の文字が浮かび、沢渡はほっとして、そして叫んだ。

「すいませーん! 誰か手のあいている人、一人ここに来てください!」


 まず、六人の歩行可能なログアウトボディを中身入りの二人へ三人ずつにわけて追随させた。

 刷り込みを受けた雛のように、ログアウトボディがダイブインしているプレイヤーについていくのだ。

 ログアウトボディを引率するのは負傷した二人。アーヤーに襲われた二人だ。

 一体のログアウトボディは、負傷がひどく歩行不能だったため、ログアウトボディ二人を救護護送追随モードにして、彼らの肩を貸させて運ばせることとした。

 負傷して移動速度が遅くなった二人は、負傷したログアウトボディ達を引率するのにちょうどよかった。

 もう一人、負傷が肩で済んでいる初心者には、王子様イケメンの散弾銃を与えて、最後尾を歩かせることとした。

 幸運だったのは、ログアウトボディの誘導指示を設定している最中に、一人ダイブインしてきたことだ。

 同年代っぽくて、オタクっぽい黒髪の若い男だった。

 彼にはアーヤーの拳銃を渡し、沢渡の後ろを歩かせて、場合によっては人質の面倒を見させることとした。

 四人の中身入り、六人の歩行可能なログアウトボディ、そして一人の負傷ログアウトボディが総勢だった。もっとも四人の中身入りも二人が足と手を負傷していて、一人は肩を負傷している。

 その上、二人の捕虜つきで戦闘はかなり厳しい。


 王子様イケメンは、好き勝手しゃべらせているうちにもう数人看守がいるらしいことを匂わせていた。

 沢渡は、大きく息を吐き出して、そして気合いを入れ直した。

 面倒だとささやく自分の心に叱咤を入れる。

(あの時、キリクは自分もボロボロだったのに助けてくれただろう?)

 不安そうな四人に微笑みかけた。

「牢から出れば、後は上まで上がって通信できるところまで行けばすぐさ」

(通信できるところがどこかはわからないが)

「通信できたら、仲間がすぐに来る。それでハッピーエンドだよ。あとちょっと。がんばろう?」

 四人の目に浮かんだ不安がいくらか和らぐ。

「さあ、行こう」

 しかし沢渡のやる気は、階段にさしかかった時に折られた。肩を負傷していた二十代後半っぽい男がやっかいなことを言い出したのだ。 

「……すまん。ちょっと言っておきたいんだが、この下に誰かいると思うんだ。独房の床から女の声で歌が聞こえてきたことがあるし、看守達の話し声が下の方から聞こえてきたこともあった。……まだ誰かこの下にいるんじゃないか?」

 沢渡は、発言した男とじっと見つめあい、そして面倒くささに天井を仰いだ。


「女を人質にしないとなにもできないわけか?」

「いいから歩いて」

 沢渡は、妖女アーヤーのみを連れて、さらなる階下に下りていた。

 照明はさらに少なく、視界はとても薄暗い。床はひび割れ陥没もして、荒れ方がひどくなっている。

 現実なら立ち入り禁止レベルだろう。

 途中の階層は、やはり階段以外の牢の部分は闇に沈み、使われている気配がない。

「おまえには好きな女や守りたい女はいないのか?」

「ないよ。そういう想いは捨てた」

 階段を下りながら暗闇の中で女がほくそえんだような気配をさせた。

「負け惜しみは見苦しいぞ? おまえは女に愛される努力が足りないのだよ」

「……ソウデスカ」

 沢渡の棒読みにも気づかず。女は続けた。

「そうだ。すぐにあきらめて女の素晴らしさをわかろうとしないおまえのような男が増え過ぎなんだ。それでなにをやっているかと思えば、こんなVRMMO。おまえ達は馬鹿か?」

「……ソウデスネ」

 既に沢渡の注意は階段の先にあった。

 まもなく階段が終わり、最下層にいきつく。

「男の幸せとは女に選ばれ、女に尽くし、子供を産んでもらって育てあげることだ。それを怠る男は、生きている資格がない」

「……ソウデスカー」

 最下層は、他の放棄された階層と同じく闇に沈んでいた。照明は階段のもの以外はない。

 しかし入り口の鉄格子が開いていた。そして通路の真ん中だけ埃が積もっていない。

 通路脇にはなにかのタンクのようなものがところどころに置いてある。

「昔の男は偉かった。女を虐げていたのを反省し、女に仕え、過去にしがみつく男を粛正し、社会を素晴らしいものに変えた。なのに、おまえ達ときたら女を幸せにする努力をしない。女を幸せにする努力がどんなに崇高で素晴らしいかを忘れて、自分一人だけの好き勝手に、女をのけ者にして遊んでいる」

「……ソウデスネー」

 沢渡は完全に意識を闇の先に飛ばしていた。生返事だけをして注意をあたりにはらい、開いた鉄格子を抜けて通路を進んでいく。

「男なのにセックスどころか、女との友人づきあいも会話もしない。女に金を全く使わず、ただ自分の楽しみだけに金と時間を使い果たし、自己満足で生を終える。おまえ達には女を幸せにする喜びとか、女に尽くして愛される喜びとか知らないのか。それをしないことが男としてとてつもない欠陥とは思わないのか?」

「思わないとも。男の価値は男が自分で決めるからな」

「え?」

 牢の前を通りかかった時に聞こえたのは、妖女の声でも沢渡の声でもない、新たな女の声だった。


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