第30話 悪縁再び

 さらに数日後。陽谷市北郊外

 夜の廃村で二人の男がキャンプをしていた。

 常春の陽谷でGWも間近であれば、気候設定はかなり温暖で、夜でも寒くない。

 むしろ昼が暑いほどだ。 

 彼らは、なんでもありのフルダイブVRMMOに興奮してしゃべりあっている。

 自らの銃を見せあい、酒を飲み、食べ物の味で感心している。

 初心者丸出しだが、責められるものでもない。

 迷惑行為ではないし、騒音もたいしたことはない。

 場所は陽谷市から車で一時間ほど北、街道から少し離れた田園地帯。

 秋になれば黄金の穂が波をつくるであろう水田の苗も、今はまだ低く青い。

 そんなところだから特段危険な場所ではなく、無謀な遠征でもない。

 お定まりの初心者向け狩り場。

 彼らの興奮を、光害の少ないVRMMO世界の夜空が、きらめきに満ちて見守っているはずだった。 


 そんな彼らからわずかに離れた小さな社の影に、人が一人、潜んでいる。

 赤外線被探知防止戦闘服を着込み、顔は暗視装置に覆われていて見えない。

 ピタリと伏射の態勢を整えたまま、小柄な体を微動だにさせていない。

 沢渡だった。

 初心者の最後の失踪がここより南10kmの地点。このあたりで活動する初心者達それぞれを、巡察警兵のベテラン達が密かに見張っている。

 桜の花びらの中で瀕死だった少年はもういない。いるのはゆるみのない狩人。

 夜の虫の鳴き声だけがそれを歌っていた。

 その歌も唐突に終わる。

 沢渡は銃剣を着剣したアサルトライフルを構えたまま、そのセイフティを外し、コンバットカメラの録画を開始した。



 野営していた男達がふと気配を感じたのは、初心者として上出来のレベルだったと言よう。

 ただ銃の扱いは、まだまだ未熟だった。

 セイフティをかけたままであったし、闇の奥から近寄ってくる人影に構えもしなかった。

 誰何できなかったのも痛かった。

 もっとも平和な日本で、暗闇から近寄る人間に誰何できるのは、訓練を受けた一握りに過ぎないだろう。

 だから、彼女はゆうゆうと彼らの前に現れた。

 たき火の明かりに長い黒髪、白い瓜実顔、喪服のような黒い戦闘服が照らし出された。目は嗜虐につりあがり、唇は愉悦で三日月を形作っている。

 この女を沢渡はしっている。あの西の平原で殺し合った旧敵、『アーヤー』だ。

(ビンゴだな。)

 沢渡はまだ動かない。

「な、なんだ……」

 男達がとまどっている間に、女は発砲した。一発目で腕を撃ち抜かれ、二発目で足を撃たれて、一人目の男は転がった。

 もう一人の男はすくみ上がっていた。撃たれるのが初体験だったからだ。

 だから初めの男と同じ運命をたどった。

 長い黒髪の女はつまらなさそうに鼻をならした。

 その所作を沢渡は、スコープ越しにすべて見ている。

 だが撃たない。

 解決すべき問題が残っていたからだ。

 コンバットカメラが撮影中なのを確認し、沢渡は待った。


 女は、痛みにうめく男達を殺さなかった。

 その代わり、不細工なハンディ掃除機のような機械を背中から取り出した。

 それを左手で銃のように構え、男達に向ける。

「悪いね、あんた達は牢屋に行ってもらう。もう二度と出られない牢獄にね!」

 そして女は哄笑した。

「このVRMMOはあきらめな! ログアウトしておとなしく現実に帰るんだよ!」

 そして引き金らしきものを女が引くと、男を赤いレーザーの格子が覆い、男は叫び声をあげかけた表情を残して消えた。男の落とした銃だけが残っている

「おい、あいつはどこいったんだ?」

「うるさい。あたしの許可なくしゃべるな」

 そう言うと女は、哄笑しながら掃除機のような機械をもう一人の男に向ける。

 またもや、格子状の赤いレーザーが男を覆い、なにかを言おうとした表情で二人目の男が消える。 

 静寂が戻った。虫の声は戻らなかったが。

 女が笑みを消して、弛緩した。

 沢渡は引き金を落とした。



 女の右腕から銃が吹っ飛び、腕から血がしたたり落ちた。

 愕然と女が振り向き、立ち上がった沢渡を見た。

「抵抗するな。手を上げて、後ろを向いてひざまずけ!」

 沢渡の言葉に女は激しい怒りを見せる

「おまえ! おとりだったのか!」

「全部見張ってただけだ」

 沢渡はこともなげに答える。目を覆っていた暗視ゴーグルは既にはねあげていた。

 だから、妖女も沢渡の顔で思い出したのだ。

「さて、手を上げてもらおうか?」

 沢渡は冷静だった。かつての悪夢も今はただの過去。

 女が左手の転送機を沢渡に向けた。

 それを沢渡は予想していた。

 跳ねるようにじぐざぐに女へ走りより、距離を詰める。

 女が慌てて狙いを定めようとするが、狙いが定まった時には遅かった。

 アサルトライフルに着剣した銃剣が、女の首に突きつけられていたのだ。

「こう密着すれば、その転移装置、使えないだろう?」

 そう言ってにやりと笑う沢渡の目に映ったのは、驚愕に満ちた目で、左手の機械を見つめる女だった。

「そんなっ! だめっ!」

 沢渡の顔に、体に赤いレーザーの格子線が浮き上がる。

「え?」

 そうして、沢渡は女の体にもレーザーの格子が浮いているのを見た。

 ふっと浮遊感が沢渡の足にわいた。



 足の裏に固い大地が戻った。体感時間では一秒もない。

 鼻にかび臭い匂いを感じながら、めまいを感じてふらつき、足を踏ん張った。

 めまいはすぐに収まり、沢渡は目を開けてあたりを見回した。

 あたりは廃村ではなかった。屋外ですらない。

 廃墟となったなにか大きな建物のホールらしかった。

 崩れたコンクリート片、無秩序に柱にまきついたツタ、ガラスがない窓。

 天井は一部崩れ、二階と思われる階上部分と、二階の天井が見えている。

 その二階の天井もところどころ崩落し、月と星のまたたく夜空が見えていた。

 気温は寒くない。むしろ陽谷の夜より温かい。遠くで波の音が聞こえていた。

 崩落した天井から差し込む月の光が廃墟の中を柔らかに照らしている。 

 沢渡は暗視ゴーグルを装着し、アサルトライフルを構える。

 さほど離れていない廃墟の影にあの妖女がいた。そして、彼女を守る複数の影も。

「そこの男、アーヤーさんを傷つけたな?」

「女を撃つクズ野郎が」

 月の光に照らされながら現れたのは、四人のイケメンだった。がっしりしたマッチョタイプ、ニヒルな一匹狼タイプ、正統派熱血美男子、そして貴族的優雅さを発散する王子様タイプ。

 それぞれにライフルや散弾銃を持ち、沢渡を狙っていた。その後ろで妖女が腕から血を流しながら立っている。

 沢渡はアサルトライフルの銃剣を確かめた。特にゆるみはない。

「一度殺した女をもう一度傷つけただけだよ? それがなにか?」

 にやりと沢渡は笑う。

 男達から敵意があふれでた。

 敵は実にいい男達だった。殺すことにためらいを覚えないほどのイケメンだった。


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