第29話 新規参加者と狩りの準備

 同日深夜 陽谷総合戦闘訓練センター CQC徒手格闘訓練棟


 ナイフを持った右手を突き出す。

 相手がきれいなウェービングで回避をしたので、足をはらいにいく。

 しかし小さなけりで足はそらされ、左手で相手をつかみにいって……

 天地がまわり、背中に衝撃! 息が詰まる。

 体を起こそうともがいた時には、胸に乗られ、首にナイフがあてられていた。

 投げられて、マウントされてしまったらしい。

「はい残念。でも動きはできてきたわ」

 ヘッドガード越しに爽やかな笑みが浮かぶ。トレーニングナイフが喉から引かれた。

 沢渡は起き上がり、対戦相手から細かな注意を受けると、強制的に外部から体を動かす外補正モードで一連の動きをおさらいした。

 CQC、近接格闘訓練を沢渡は受けていた。教官は女性型NPC。

 沢渡の低身長に合わせて、同じ体格の女性教官が選ばれたのだ。

 もちろん性欲抑止を発動させているが、悪くなる目つきもCQCの訓練では問題ではない。


 NINCRMがあるのならば、「体を使った技」を訓練しておくのは、すべてにおいて役に立つというのは、シュタイクアイゼンのアドバイスだった。

 シュタイクアイゼン自身が、鏡月湖市で魅了の精密検査と解除を受けて釈放されるまで、絵を訓練したと言う。

 ペンとドロージングタブレットは使用許可が下りたのだそうだ。

 そして成果として、訓練開始の幼稚園児のような絵と、釈放直前の沢渡達とあの装甲軌陸戦闘車の見事なイラストが送られてきたのだ。

「このVRMMOの中では、体で覚える技能は非常に鍛えやすい。君を見ていてそのことを思い知らされた。自分が魅了にかかっていた間、停滞していたことでね。このGPFはレベルも経験値もない。だから君のような初心者がすぐに上達し、さぼった古参を追い抜いていく。自分の無能を、物覚えが悪いからという言い訳で打ち消せない。ここはある意味、現実より過酷なVRMMOだよ。でもMMOではよくあることだとも思う」


 そんなメッセージをシュタイクアイゼンは沢渡に寄こし、彼はリンジーとともに鏡月湖市で活動しているらしい。


 沢渡は自分の小柄過ぎる体がハンディキャップとなってることを骨身にしみて理解していた。中学時代にはたいして大柄でない女性にすら肉体的にいじめられたぐらいだ。

 だからこのGPFで体格差を埋める銃を撃てることに、とても満足していた。

 けれども銃だけでは足らないことにも、幾多の戦闘を経験するうちに気がついていた。

 故に沢渡はCQCや徒手格闘訓練を受けることにした。格闘は現実でも使えるからでもある。

 さらに、空挺訓練、爆発物取り扱い訓練、レンジャーサバイバル訓練、応急処置簡易手術訓練なども平行して学んでいる。

 どれも一般社会ではそうそう簡単に受けられない訓練だが、GPFではそうではない。

 望めば訓練を受けさせてくれて、そして努力すればすぐに報われるゲーム、それがこのGun&Phantasic Frontierなのだ。

 なんでもありという看板に偽りはなかった。学ぶことですらなんでもありなのだ。

 普通では学べない事、長い年月を必要とする事、高度な試験を必要とする資格がないと学べない事柄が自由に学べる。

 小柄な体でも、未成年でも、資格がなくても、学べる。

 そして訓練の苦しさも、それがすぐに血肉……いや、脳に刻み込まれるなら、苦しみは成長する快感のフレーバーでしかない。

 もはや学ぶこと鍛えることは苦しくなくなっていた。娯楽であり趣味だった。

 沢渡は、GPFにどうしてレベルやスキル、経験値がないかを理解していた。

 経験値がなくてもわずかずつ変わり、レベルがなくても成長した実感を得て、スキルがなくてもできなかった事ができるようになったのだ。

 やはりGPFは、フルダイブVRMMOはアクションゲームなのだ。繰り返しで脳そのものを成長させるRPGでもありアクションゲームの進化形でもあった。

 その証拠に、訓練を続けながら、ナイフを振るうその軌道が、先ほどよりシャープになっている。

 いたずら心を出して、教官にフェイントを入れてナイフを投げてみた。

 教官があきらかにおおあせりで投げたナイフを払いのけ、沢渡はチャンスとみて教官につかみかかる。

 結果は、沢渡の体がまた軽々と宙に浮いてしまったのだけども。

「うまくナイフ投げるようになったけど、投げナイフはナイフが一本だけの時にするもんじゃないわ」

 投げられた体の痛みを感じながら、沢渡は微笑む。

 鬼のように、無理ゲーのように強い教官NPCでも、あんな風にあせるのは快感だった。

「もう一回お願いします!」

 沢渡は跳ね起きた。努力は苦手だったはずだし、やる気なんかなかったはずだった。

 けれど今はやる気にあふれ努力している。 

(こんな楽しいところから現実に帰るわけないじゃないか)

 沢渡の脳のどこかがそうささやいた。


 数日後 陽谷市武器マーケット

「あれが第三次募集の連中?」

「ああ」

 陽谷市の例の超大型武器弾薬マーケット。

 そこがかつてないほど賑わっていた。さまざま容姿風体の男達、そしてネカマかもしれない女達が、店内をそぞろ歩き、興奮した様子で歩き回っている。

 沢渡はその男女達の足運びや体の動かし方が、洗練されていないことに気づいた。

 そして沢渡の疑問にキリクはうなずいた。

 それを見て、沢渡はちょっと前の自らがこうであったことを思い出し、なつかしさすら感じる。

 銃の使い分けなんかわからないと言って、PMPパワードマシンピストルをキリクに選んでもらったりしたのだ。

「なつかしいな。僕もああだった。キリクに銃を選んでもらって」

「それですぐドS妖女引いたから、もうGPFやめるかと思ったよ」

「さすがに次の日はダイブインする気になれなかった。PTSDだったしね」

 彼らの前を美少女達が二人、それぞれ銃を抱えて通り過ぎる。

「……ネカマかな?」

 キリクが横目で彼女達をちらりと見てぼそりとつぶやく。

「僕は両方共ネカマに賭けるよ」

「それじゃ賭けが成立しないな」

 そう言うと二人とも声を殺して笑う。

「まあ、三次募集が始まったんで、しばらくこの辺はこういう初心者だらけというわけさ」

 キリクがしかたがないという感じで肩をすくめた。

「……妖女の連中、この人達を狙うかな?」

 沢渡の目がすっと細められる。

「それなんだが、全国の辺境巡察警兵局がキャンペーンを始めるらしい」

「初心者の護衛でもするの?」

 キリクは違うと首を振った。

「フォックスハントキャンペーン。妖女狩りの始まりさ」



 初報は初心者が帰還しないという訴えだった。

 その意味を軽視する者は、最近来た無知なプレイヤーだけだ。

 NPCもベテランプレイヤーも、なにが起こりつつあるのかを充分承知している。

 市警察、国家警察、保安官、そして巡察警兵隊は、素早く連携した。

 そして狩人達が、密かに集められる。

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