第27話 終着 鏡月湖市

「シュタイクアイゼン! 逃げろ! そいつはあなたを」

 女がさらに歩み寄って、

「もう一度魅了する気だ! 逃げるんだ、アイゼン!」

 その手がシュタイクアイゼンの頭に触れる!


 乾いた銃声がとどろいた。


 褐色女が信じられないという顔で、銀髪をなびかせながら、後ろへ倒れていく


 シュタイクアイゼンの手に、沢渡が渡したサブマシンガンがあった。

 その銃口から煙がわずかに立ち上り、すぐに薄らいで消える。


 シュタイクアイゼンの碧眼から涙が幾筋も流れ落ちていた。後から後から涙が盛り上がり、そして流れていく。

 倒れた女へリンジーが歩み寄った。

「ごめんね、あなた。でもねアイゼンのために」

 彼女は銃を倒れた褐色女の頭につきつけた。

「死んで」

 二発の銃声が響き渡った。


 装甲軌陸戦闘車は、前部を大破していた。転輪も履帯もぶっとび、装甲がぐにゃりとへこんでいたのだ。

「道理でエンジンが止まったわけだ」

「よく、これで主砲を撃ったもんだ」

 沢渡のつぶやきにキリクが戦闘車を見ながら小太りの体で肩をすくめた。

 救急車の慌ただしい音が遠ざかっていく。沢渡以外の三人が搬送されたのだ。

「おっと、装甲列車の指揮官殿からおまえにだってさ」

 キリクが沢渡のパーソナルスマートデバイスを指す。

 沢渡は取り出し耳にあてた。

「シュン、任務ご苦労だった。列車砲が間に合って良かった」

 それはまさしく沢渡達を送り出した装甲列車の指揮官の声だった。

「あれはあなたの手配だったのですか?」

「そうだ。支援を約束しただろう? 君達が途中でやられないことを祈っていたがね」

「……本当に心から感謝します。あれがなければ、僕達はやられてました」

「いいさ。四人で少数突破させたことへのせめての埋め合わせだった。ああそうだ。列車砲のやつらからの伝言を伝えておくよ」

 そして一瞬の無音。

「コンチネンタルカノンよりドラゴンスレイヤーズへ、貴官らの勇戦に心より敬意を表する! 機会があればまたご一緒させて欲しい。以上。……私も同じだ。では、またどこかで会おう。ドラゴンスレイヤーズ諸君」

 そして通話は切れる。

「よぉ、ドラゴンスレイヤー。俺も浄河南部森林、放り出した甲斐があったよ」

 キリクがにやにやと笑い、そして腰から銃のようなものを取り出す。

「レーザー目標指示装置さ。曇り空だから当たるかどうかヒヤヒヤしたがうまくいった」

「……そっか、助けてくれたのか」

「装甲列車が苦戦してるんで緊急招集にのって、ここで前線火力観測誘導やれば、会えるだろうって思ったのさ。まあ間に合って良かった」

 キリクがおどけてウィンクをした。

「ありがとう、キリク。いつも助けられてばかりだ」

 二人は雪が舞い散る中、ドーム都市に向き直って、その光景を眺めた。

「気にするな。自分が好きなゲームを一生懸命楽しんでくれているフレンドは、大事にしたい。それだけさ」

「……そうか」

「ああ」

 クレーン車がドラゴンの死体をつり上げ、ダンプカーに載せようとしていた。

 女の死体が死体袋に入れられ運ばれていく。

 遠くで保線車がレールの点検を始めている。

 その日、ドーム都市鏡月湖市には、討たれたブルードラゴンが運び込まれて、唐突に祭りが始まることとなった。

 その後、毎年四月の中旬、イースターの日を、鏡月湖市ではブルードラゴンフェスティバルとして祝うこととなった。中日ドラゴンズファンからはいまいましく思われることとなったのは別の話である。


 三日後

 男と女が手をつなぎ、顔を見合わせながら微笑みあい、仲睦まじくベンチに座っていた。

 シュタイクアイゼンとリンジーだった。

 二人ともラフな格好だったが、相応の美男美女であり、すこしばかり尊いものがあった。

 鏡月湖市の湖を眺めるテラス席、そこに二人はいる。

 シュタイクアイゼンは魅了の解析に協力していた。彼の様子が示すように、彼に掛けられた魅了は、解除された。

 罪状に関しては無罪とまではいかないが、保護観察下でGPFのプレイは続行できている。

「ネカマって、もう言えねぇなぁ」

「そういうものかい?」

 それを邪魔しないように遠くの席から見ている、こちらは男二人。

 ワレンコフと沢渡である。

 リンジーの凍傷は軽度で、シュタイクアイゼンの内臓損傷もなかった。ワレンコフも顔面の挫創はあったが、大けがではなかった。装甲が彼らを守ったのだ。

 ワレンコフはコーヒーを一口飲み、カップを机に置いた。

「だってよ、あんなクソ女よりはリンジーのほうを俺でも選ぶからなぁ」

「VRなんだよ、ワレンコフ。脳の、魂のあり方が、ふるまいに出る。だれだって顔はきれいになれるから、なおさらなのさ。そして、リンジーは並の女より女らしい」

「それだよ。なあシュン?」

「うん?」

「現実の女の中に入ってるのは、果たして女なのかねぇ?」

「さあね。レズビアンならおっさんかもしれないし、おっさんくさい女もおっさんかもしれないし、わがまま幼女かもしれないし」

 沢渡は一口水を飲んだ。

「シリアルキラーかもしれないし、クレイジーサイコかもしれない」

「……じゃあVRで、セックスができて女らしい女のふるまいをするネカマって、どう呼べば?」

 ワレンコフの問いに沢渡はしばし首をひねり

「女性でいいのでは?」

 平凡な答えを出す。だがワレンコフはその答えを聞いてしばし考え込み、そして目を開けた。

「わからん。わからんが……、リンジーは女でいいと思う。やっぱりもうネカマって呼べねぇ」

「それでいいと思うよ、ワレンコフ」

「ああ。よし、すっきりしたぜ。それじゃシュン。俺はそろそろ行くよ」

 席を立ち上がったワレンコフに沢渡は手を差し出した。

「ワレンコフ、……いろいろありがとう」

「そうだ、シュン。次はあの目、かくしておけよ?」

「はは、それリンジーにも言われた。わかったよ、気をつける」

 沢渡の手をワレンコフはその分厚い手で握った。

「フレ登録はしたし、スケジュールがあったら一緒にやろうぜ。いつでも声をかけてくれ」

「ああ。ワレンコフ、あなたの操縦は最高だった」

「サンキュ。おまえの砲手も良かったぜ。じゃあな」

 そしてワレンコフは手をあげて去っていく。

 そのまま、リンジーとシュタイクアイゼンのほうに歩み寄り、彼らをすこし慌てさせ、そして挨拶をして去った。

 ドーム都市に、温かい日差しが降り注いでいる。

 鏡月湖市は春を迎えようとしていた。


 ゴールデンウィークが近づくと、混み合っていた昼の大学食堂も若干混雑が解消する。

 沢渡俊は、一コマ目と二コマ目を聴講し終わり、一人で食事をとっていた。

 食事をとりつつ、ノートPCを開き、ソースコードを見直している。

 プログラミング演習の課題だった。難しいことは特になく、ネットからのソースをよく見てコピーし、変数名などを直して作ればいいだけ。今はただちゃんと動くかどうかの最終確認だけだった。

 コンパイルしたコードは問題なく動き、沢渡はほっとして、白米を口に運んだ。

 三人ほどの足音が沢渡の周囲にわいて、沢渡はPCから顔を上げた。

 見ると、女子が三人。

「なんでしょう?」

「沢渡君だよね? その、ちょっと手伝ってくれないかな?」

「なにを?」

「プログラミング演習がわからなくってぇ」

 その声で沢渡は思い出す。彼女らはこの食堂で沢渡をオタクくさいと笑っていたはずだった。すこし離れていたところで沢渡は聞いていたが、その時は別に怒りはしなかった。

 ただ怒りはしないが忘れてやる義理もない。

 女達はかわいく笑顔を浮かべて、なぜか胸元が開き気味だった。

 沢渡は、性欲抑止を発動させようとして、「忠告」を思い出す。

 手で額を押さえるふりをして、性欲抑止を発動させ、冷えていく心を自覚しながら、優しい笑顔を浮かべる努力をした。

「あのぉ? だいじょうぶ?」

「……うん、ごめん。すこし頭痛が出て。もうだいじょうぶ」

 そう言うと作り笑顔は自然に出た。

 そして性欲抑止は充分に効いて、目の前の女の子達は、モブになった。

 心が落ち着き、冷徹な考えが走り出す。

 この女達の課題を手伝えば、自分がソースコードのコピーが疑われかねないし、いちいち変えるのも面倒……別に面倒じゃないけどやる気にならなかった。

 悪知恵がひらめく。

「プログラミング演習だよね? ごめんね、僕もがんばって組んでるんだけどエラーだらけでうまくいかなくて」

 こんな演習のエラーなんて三十分もあれば撲滅できる程度のものだが、コードが書けることを利用されるのはかなわない。

「えー? だってコンピューターに詳しそうだよ? 本当に?」

 右の女はなかなかに鋭かったが、沢渡のコードが問題なく動く証拠を持ってるわけもない。

「ほら、見て?」

 そういう沢渡は、バックアップでとっておいた、一番タイムスタンプが古い実行ファイルを実行させる。当然エラーが出て止まった。

「ね?」

 なにがね?だと心の中でつっこみながら、周囲の女に、ばつが悪そうに笑ってみせる。

「なーんだ」

 そう言うと女達は興味を失い、ぞろぞろと去っていった。すこし向こうで使ないやつという声が聞こえたが、気にならなかった。

 沢渡は、彼女らの姿が消えたのを見て、完成したソースコードを、学内サーバーの提出フォルダに送信し、ついでに完成している実行ファイル共々をクラウドにアップロードし、PCのローカルフォルダから消した。

(これでよしと)

 そして沢渡はPCをシャットダウンし、のんびりと食事を続けようとして、入ってきた美男美女の集団を見てぎょっとした。

(姫!)

 斯波葵しばあおいだった。

 優雅で高貴さを感じさせる所作と整った顔は見忘れるはずもない。

 だが彼女とは違う大学に入学したのだ。そして彼女も志望大学に合格している。

 会うはずがなかった。なのに……

 やたらときらきらした金を持っていて青春も恋愛も謳歌していそうな一団と共に、姫は学食に入ってきて、そして吸い寄せられるように沢渡と目をあわせた。

 それでもその次に見せた表情が無視や嫌悪なら、沢渡はさほど困らなかっただろう。

 しかし、彼女は笑った。この上なく本物の笑顔で。

 性欲抑止を発動させていても、その笑顔の曇りなさは伝わり、沢渡は固まった。

「会いたかったわ、沢渡君。この間、無視したでしょ?」

 美男美女の集団も、そうでない連中も、学食にいた人間が、姫一人をのぞいて驚きに包まれていた。


 キリクこと都築陸斗つづきりくとは、あきれていた。

 課長が、都築の部下だった山田を、森下につけると言い出したのだ。

 もちろん都築の下にはあの名越である。

(やっぱこの二人、不倫してるな。だからこんなことをまかりとおらせる)

 課長と森下主任を交互に見ながら、都築は心の中で暗く笑った。

 もともと他部署では結構語られている噂だった。

「すまんが、名越君には言って聞かせたから頼むよ、都築君」

「山田君は任せて」

(なにが山田君は任せてだ。高田先輩がいる時からやれってんだ)

「……わかりました」

 だが都築は受けた。

 そして不満げにしている名越に「ちょっとミーティングしましょう」と言ってカフェテリアに連れ出した。むろん監視カメラに写る席である。


 名越はギャルっぽい肉感的美人だった。もっとも今のキリクは性欲抑止を使っているので、そのあたりさっぱり響かない。

「単刀直入に言うが、俺が嫌なら異動願を書け。できるだけ通してやる。高田先輩の行った中国営業所でもな」

「冗談でしょ! あたしと結婚するとか言った嘘つきなんかどうでもいいから」

「じゃあどうする? 俺のこと気持ち悪いと思うのは勝手だが、俺もそんなおまえは邪魔だ」

 普段はもっとかわいい目に怒りを込めて、名越は都築をきっとにらむが、都築は動じなかった。

「選べ。異動するか、いらない子扱いで放置されるか、それとも俺に従って定時で仕事を終わらせるか」

 そして都築はぼそりとそれだけを言うとコーヒーをかき混ぜ飲んだ。

 じわりと名越のきれいな目に涙があふれる。

「どうしてよ……」

「森下が悪いに決まってるだろ。あいつは自分より仕事ができないとなると、馬鹿にしていやみばっかり言うだけで、育てない。それにおまえのことを森下は嫌ってる」

「あたしだって嫌い! ……言っておくけどあんただって嫌い」

 涙はこぼれなかったが、名越の声はひび割れていた。

「そりゃ結構。じゃあいらない子扱いでいいな」

「……なんでよ、なんでそんなに意地悪なのよ」

「会社で恋愛ごっこするほうがおかしい。おまえ、なんのために会社に来ている?」

 名越はうつむく。涙がこぼれたのを都築は見なかったことにした。

「わかってるわよ。真面目に仕事したいわよ。でもどうすればいいか、わかんないのよ」

「……その言葉本当か? 別に他のやつと恋愛をやってもいいが時間内はきっちり仕事する気あるか?」

「……ある。仕事したい。あたしだって仕事できる女になりたい」

 都築は大きく息を吐いた。

「いいだろう。じゃあおまえ、俺の仕事の指示、ちゃんと聞くか?」

 名越はしぶしぶうなずいた。

「わからなかったらわからないと言え。ただ、俺はおまえそんなに馬鹿じゃないと思ってる」

「え?」

「高田先輩と仕事、それなりにがんばってやってただろ。まあ不倫に酔ってたんだけどな」

 名越はまたうつむいた。

「高田先輩とそうなったのも、森下とぶつかったからだろ?」

「うん。あの人自分のやり方と違ったらすごく不機嫌になって……」

 森下への悪口が連続しそうなのを、都築は止めた。そんなものを聞いている暇はない。

「名越、俺はな、定時で帰りたいから成果をあげている。だらだら仕事せず集中して時間内に終わらせたいんだ。それだけをわかってくれたら、仕事を教える。意地悪はしない」

「……ほんとに?」

「ああ。仕事が終わるようにおまえに教える。丁寧に優しくな」

 名越の沈黙は長いようで短かった。

「わかった。……都築さんの言うことに従います」

 名越は頭を下げた。完全に納得したわけじゃなさそうだが、ちゃんと仕事をしたいという気持ちはあるように見えた。

 そもそも入社試験はそれなりに優秀じゃないと受からないのだ。

 名越が無能なわけがない。

「じゃあトイレ行って、席に戻って、机の配置を俺の隣にしろ」

 名越が立ち上がって小走りに走っていく。

「まあやってみるさ」

 都築は、名越が去ったほうを見て、口角をあげた。

 金策のパートナーが変わることなど、たいしたことではない。

 仕事を定時で終わらせれば良いのだ。

 都築は気合いを入れ直してから机に向かった。 




 第三章「竜へ至る鉄路(レイルウェイ)」終



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