第25話 ドラゴンスレイ

 竜が目を光らせて首を引き、顎を開ける

「ブレス! 回避!」

 リンジーが潜り込んでハッチを閉めた。

「ちょいと揺れるぜ!」

 ワレンコフの台詞とともにいきなり車内がぶんまわり、体全体が後ろにもっていかれそうになった。

「どうだ! 超信地旋回からのダッシュ!」

 後方モニターが、戦闘車に追いすがってくるダイヤモンドダストの輝きがちりばめられたアイスブレスを映し出す。

 沢渡は砲塔を後ろに向ける。

「シュタイクアイゼン、装填手を頼む。それとこれ」

 沢渡はシュタイクアイゼンに手錠の鍵を渡すと、スコープをのぞく作業に戻った。

 ブレスの向こう側に見える蒼いドラゴンの影、その頭らしきものをサーマルスキャンし、ロック。

「ファイア!」

 105mmライフル砲が轟音とともに発射され、駐退機が作動。砲後尾が車内にせり出す。

 自動的に腕ほどもある薬莢が転がり出て、シュタイクアイゼンはそれを邪魔にならないところへ足で押し出した。

 0.1秒ほど後に、ドラゴンの咆吼がとどろき渡った。

「外れた! おしい! 次弾、弾種徹甲」

 ハッチを再び開け、ブレスの余波に顔をしかめながらリンジーが叫んだ。

 シュタイクアイゼンは渡された鍵で手錠を開け、装填手用の手袋をはめ、叫んだ。

「弾種徹甲 アイアイサー!」

 そして徹甲弾をラックから取り上げ、拳で薬室へ装填し、閉鎖器を閉じた。

「装填完了!」

 叫ぶとともに車内がぐらっと傾き、シュタイクアイゼンはラックにつかまる。

「ワレンコフ、左!」

 ドラゴンが飛び上がり、戦闘車にブレスをたたきつけたのを、リンジーの指示でワレンコフは左によけた。

「くそっ、仰角いっぱい! 撃てない!」

「これでも食らって!」

 追ってくるドラゴンが砲の仰角より上を飛行し、沢渡は射撃不能を報告し、リンジーが重機関銃をドラゴンに向けて撃つ。

 そしてワレンコフが吠えた。

「まかせろ!」

 履帯が突如静止し、戦闘車が急停止!

 つんのめった車体ごと主砲が下を向き、そして反動で浮き上がり、また下がる。

「砲安定装置が欲しいわね」

 リンジーがぼやく。

 だがドラゴンは空中で急に止めず、戦闘車を追い越し空中で静止し、巨体をくねらせて振り返った。

「いただきっ!」

 沢渡は動揺した砲が完全に静止するのを待たず、投影面積の広い胴を狙い、引き金を引いた。

 ライフリングによる回転を軟性スリッピングバンドで軽減してAPFSDS弾は、砲身よりはじけ出る。そして空中でサポと呼ばれる装弾筒を分離して、先端に風防をつけ尾翼を持った棒、浸徹体となる。

 それが秒速1500mで飛翔した。ドラゴンまで0.13秒。

 ブルードラゴンの左腕付け根に着弾したAPFSDS弾の風防がドラゴンの輝く蒼き鱗に当たってもろくつぶれる。

 しかし浸徹体が鱗に届いた時、鱗の硬さはまったく役に立たなかった。

 まるくつぶれた浸徹体の先端は、その高速さのあまりに鱗と共に流体状になり、鱗に浸透し、そして鱗に穴を開けた。

 わずかに残った浸徹体が鱗の穴に飛び込み、その速度のまま柔らかい皮下組織、筋、血管、神経、そして骨を食い破りちぎり取る。そしてエネルギーの大半を失って、反対側の鱗に当たり、跳ね返されてさらなる近くの柔らかい皮下組織をえぐった。


 ドラゴンは痛みに吠えた。左腕がかろうじて鱗でのみつながっている状態となったのだ。

 緑の血が創部から吹き出し、跳ね飛んだ肉片と緑の血が地面の雪を彩った。

「命中! 効果あり」

「羽根をやってくれ! 飛ばれて上からやられたくない!」

 ワレンコフが叫び、リンジーがうなずいた。

「次弾、榴弾、近接!」

「ドラゴンが上昇する!」

 沢渡の声にワレンコフが青ざめて、軌陸戦闘車を弾けるように走り出させた。

 直後、戦闘車がいた場所をブレスが襲い、雪をさらに凍り付かせる。

「やつら、戦車の弱点を知っている!」

「ふ、痛い目を見たんだ。頭ぐらい使うだろう」

 竜を見上げるリンジーにシュタイクアイゼンは不敵に笑った。

「そういうことだ! だがまずいぞ。上空に昇られたら。攻撃する手段がない」


「ワレンコフさん、坂とか丘は?」

「ここいらは街まで平原だ。そんなものがあるものか」

 沢渡の叫びに、だがリンジーが前を見て言う。

「あるわ。あれ」

 リンジーの指さす先には、TCHR、東和大陸高速鉄道の線路がある。

 地面から盛り上がった土手があり、その上にバラストが盛られ、複線分の線路が敷かれていた。

「乗り越えて、降りる時に、榴弾を」     

 上空から戦闘車を追う竜を見て、リンジーは指示をする。

「「「了解」」」

 ワレンコフと沢渡、そしてシュタイクアイゼンに気合いが入る。

「しばらく線路沿いに走るぞ。砲をドラゴンに向けておけ、曲がったら勝負の開始だ」

 シュタイクアイゼンが転がり出ていた薬莢をまたも足で押し出した。

「弾種、榴弾」

「弾種確認。榴弾」

「信管、近接」

 小銃弾をそのまま太ももほどに大きくしたような榴弾、その先端にシュタイクアイゼンは近接信管をねじ込んだ。

「信管取り付け確認。近接」

 沢渡が確認復唱を行う。その間に砲塔がまわっていく

「装填準備よし」

「装填!」

 リンジーが命令を下すと、シュタイクアイゼンは渾身の力で榴弾を薬室に送り込み閉鎖器を閉じた。

「装填完了!」

「ワレンコフ、装填完了!」

「よっしゃぁ!」

 ぐいと車体が急旋回し、砲塔がさらにまわり、彼方の竜の下を指す。すでに仰角は最大。

 沢渡は照準器をのぞきこみ、そして「集中」を発動させた。

「砲撃準備」

「砲撃準備、アイサー」

 リンジーの声に応えた沢渡の声は、まるで熱意を失ったかのように静かだった。

「線路を乗り越える!」

 どがんと言う音とともに、リンジー達回転砲塔内にいた人間は、尻から持ち上げられるような衝撃を受けた。

 パワーユニットが空転する履帯によって、猛々しい音を立てる。

 そして線路を乗り越えた瞬間、履帯が静止した。

 勢いがついた装甲軌陸戦闘車は、バラストの上を滑り、静止しきれず、ずり落ちる。

 沢渡ののぞく照準器にドラゴンが映った。

 軌陸戦闘車は、線路の土手をゆっくりずり落ちて斜めになって停止。

 わずかに仰角を戻し、沢渡はドラゴンの羽根を狙い、引き金を絞った。

 APFSDS弾と異なり、弾帯によって強固にライフリングとかみあった榴弾は、強く回転しながら、秒速1500mよりはやや落ちる速度で、ドラゴンに向かった。

 0.13秒後、榴弾はドラゴンに当たらず、頭の角のすこし上を駆け抜けようとして、そこで炸裂した。

 頭に向かった弾片は、すべて蒼く輝く鱗にはじきとばされ、損傷を与えられなかった。

 ドラゴンのいないほうへ向かった破片は、意味をなさずに飛んで落ちた。

 しかし、

 羽根に向かった弾片は、羽根を好き放題に突き破り、羽根を支える骨に突き刺さる。

 ブルードラゴンはこんどこそ絶叫そのものの咆吼をあげた。

 ドラゴンの下にいた女が、驚愕の目でそれを眺め、憤怒に唇をかみしめ、戦闘車をにらむ。

 そして腕を振り下ろしてドラゴンに突撃を命じた。

 ドラゴンの金色の瞳、その虹彩がうつろに丸く黒く開き、ブルードラゴンは決死の飛行を始める。

 ドラゴンはよたよたと高度をあげた。

 そして線路から離れドラゴンから逃げる装甲軌陸戦闘車に向かい、重力の力に任せて、落ちるように飛んだ。

「来るぞ!」

「装填は!」

「間に合わない!」

 沢渡はリンジーを渾身の力で車内に引き込む。次の瞬間、ブルードラゴンのブレスが、戦闘車を襲った。

 開いたハッチから、骨をも凍るような冷気が車内に満ち、リンジーの髪が凍り付く。

「手袋をつけるんだ! 素手だと貼り付くぞ!」

 下からシュタイクアイゼンがタオルを投げ上げ、凍り付きかけたリンジーをくるんで下まで引きずり下ろす。手袋をした沢渡がハッチを手探りで閉めた。

 そして、沢渡はシュタイクアイゼンの顔が青ざめているのに気がついた。

「アイゼン……さん?」

 そして沢渡も気づく。

「だめだ、転輪か履帯が凍り付いた! うごかん!」

 パワーユニットがうなりをあげても、きしむだけで車体は走らなかった。

 沢渡は即座に車内のシャベルをつかみ、そして気がつく。

「ワレンコフさん、……ドラゴンは?」

「……前だ」

 無様に着地してよたついた蒼い竜は、しかしそのまましっぽをふった。

 恐ろしい金属音がして、すべてが宙に飛び、そしてもう一度の金属音ですべてが前のものにたたきつけられた。

 沢渡が砲塔内の機器に頭をぶつけた程度で済んだのは、僥倖だった。

 シュタイクアイゼンは、砲尾で体をうったらしく、その前で倒れていた。

 寝かされていたリンジーは転がった薬莢にまみれている。

「ワレンコフさん!」

「……だい……じょうぶ。しっぽでぶちのめされただけだ」

「怪我は?」

「……額が出血してるが、問題ない。シートベルト様々だな」

「この車は?」

「……クソ、衝撃でエンジンが止まってやがる。……まずいぞ」

 その言葉で沢渡は照準器をのぞいた。

 ブルードラゴンがその口を開いたのだ。

「ブレス!」

「……やべぇ。食らうと……全部凍り付くぜ」

 ワレンコフの言葉に沢渡は飛び降りて、シュタイクアイゼンを砲尾の前から抱えてどけた。

「……どうするつもりだ!」

 苦しげなアイゼンに沢渡は答える

「全部凍り付く前に、一発でもぶちかます」

「……へっ、わかったよ。再始動やってみる」

 ワレンコフが笑い、APUが動きはじめ、スターターが音を立てはじめる。

 沢渡は徹甲弾をラックから下ろそうとして、そして無線が鳴った。

「遅れて済まない。こちら鉄道総隊および巡回警兵混成隊所属、前線火力観測誘導のキリクだ。あと二分稼げるか?  できるなら諸君にイースターのごちそうをふるまおう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る