第24話 竜へ至る鉄路(レイルウェイ)

 四月半ばというのに、そこはまだ冬だった。

 雪をかぶった針葉樹林の森を通り、鏡月湖市駅一つ前の無人駅構内で、沢渡達の装甲軌陸戦闘車は、軌道モードから陸上モードに変わった。無人の駅舎は白い雪帽子をかぶって四人を見送っていた。

 そこから森の中の雪で真っ白になった道を鏡月湖市へと進む。

 雪の白と木の茶色、そして針葉樹の緑だけの世界。

 横殴りの吹雪が、車体を白く染め上げていく。

 車長席に座っていたリンジーもハッチを閉めて、監視孔からのぞいている。

「まもなく森を出るわ」

「了解」

 ひときわ高くパワーユニットをうならせ、装甲軌陸戦闘車は森の縁に出た。

 リンジーは吹雪の冷たさもかえりみず、ハッチを開けて身を乗り出し、鏡月湖市の方向を双眼鏡で偵察した。

「……うそ、なにもない」

「落ち着いて見直せ。いないはずがない」

 操縦席でワレンコフが指示し、砲手席で沢渡が顎に手をやりながら考え込んでいた。

「雪の中じゃない? ならどこだ?」

 だがリンジーの目には、白い平原と、鉛色の雲、半ば雪に埋まった鉄道線路、電柱、そして彼方のドーム都市しか映らなかった。

「やはり敵影なし」

「わかった。半速前進」

 ワレンコフは即座に決断し装甲軌陸戦闘車が動き出す。履帯が雪を踏んでぎゅぎゅぎゅと音を出した。

 その時、空の彼方でなにかの鳴き声が響く。

「上空警戒!」

「戦車砲、仰角いっぱい。同軸機銃発射準備」

「……あれは、ドラゴン!」

 曇天の雲を突き破り、現れたのは、ブルードラゴン!

 リンジーがつぶやいたものはファンタジーの王であった。


「探したわ、シュタイクアイゼン」

「ディアルミナ!」

 寒々しくしかし輝く蒼のドラゴンが、戦闘車からやや離れた雪の上に降り立つ。鱗もすべて輝く蒼で、首が長く、顔には金の虹彩の目と白い牙がならんだ顎がある。いわゆる西洋風のドラゴンである。

 そのコウモリのような羽が生えた背に、白ずくめで褐色肌の女がいた。

 女は、白いコート、アストラハンハットと呼ばれる機械の体をただでくれそうな人がつけているあの帽子の白いものをつけている。帽子の下に見える髪の毛は美しく輝く銀色だった。

 ブーツも手袋も白く、見えている肌はきれいな褐色で白い服と絶妙のコントラストをなし、整った顔にあるなまめかしい唇はひどく紅い。

「さあシュタイクアイゼン、出てきて私と一緒に行きましょう?」

 竜の背から女が語りかける。その声は不思議とよく響いた。なにかのチートのようで、無線ではない。

 そして竜の目が、装甲軌陸戦闘車を見つめる。  

 車内では六つの目がシュタイクアイゼンを見ていた。

 そのシュタイクアイゼンは脂汗を流し、目をつぶって耐えている。

「大好きなアイゼン、お願いだから出てきて」

 車内はパワーパックのアイドル音が響くのみで、静かな緊張に満たされていた。だれもが固唾を呑んで白いスーツの金髪紳士に注目している。

 やがてシュタイクアイゼンは、脂汗にまみれた顔で、大きく息を吐いた。

 そして後方に行くと扉を開け、顔を上げドラゴンの背にたたずむ女を見つめた。

「ディア、私は責任をとらなくてはいけない。だからこのままドームシティに行く」

 雪が降る中、大きく叫んだわけでもないのに、声は車外に広がっていき女まで届いた。

「アイゼン、あなたのせいじゃないわ」

「いいや。私は私の責任から逃げない。ディア、君は初心者狩りの一味に情報を渡していたね」

「……そうね。わかってもらうためには必要なことだったの」

 白いアストラハンハットの下で、女がどこか冷酷な笑みを浮かべたように沢渡には見えた。

「わかってもらう?」

「アイゼン、私はね、現実逃避はいけないと思うの。大切なのは現実でなにをするか。現実の人々へなにをなすかよ」

「ディア、確かにそうだ。でもねディア、このVRもまた現実なんだ。現実の人がアバターをまとって降り立ち、遊んでいる。君も私もそんな人たちを傷つける手伝いをしてしまった」

 シュタイクアイゼンの言葉は、女の強い語気で即座に否定される。

「いいえ、アイゼン。これが現実というならば、もっとひどいわ。人殺しの武器を法も規制もなくふりまわし、レイプもいろんな犯罪もできるようにして、心が強く傷つくようなことを可能にしている酷い世界があることになるわ。そんなものに参加し、遊ぶことのは、酷い現実に荷担していることよ。いけないことよ。もし女性が入ってきたら、レイプは警告したからしかたがないとでも言うの? そもそも女性を排除して遊んでいることこそ、そんな酷い遊びをしている自覚があるからじゃない? こんな女性をおとしめ傷つけるようなVRMMOで遊ぶようなことは止めるべきだった。女性がなにも言わなくて、ちゃんと女性の気持ちをくみ取って、こんな酷いVRMMOは止めるべきだった」

「ディア! だからって初心者達を傷つけていいって……」

「アイゼン、どうして女性の気持ちをわかろうとしないの?」

 どこかシュタイクアイゼンにささる言葉だったらしい。シュタイクアイゼンの顔が引きつった。

「ディア……?」

「女性の気持ちを傷つけて遊んでいた人たちが、自分も傷ついたと言うの? それはおかしなことだわ。女性が傷ついたのだから、遊んでいた人が傷ついてもそれは自業自得。遊ぶのをやめて現実にかえれば傷つかずに済んだわ」

 沢渡がのぞくスコープ内で、褐色女の微笑みは、傲慢と嘲弄にまみれていた。

「ディア!」

「このVRMMOは女性をあちこちで傷つけている。だからここで遊んでる人がどうなろうと自業自得。私達には報復する権利があるの。でもね、アイゼン。あなたは許してあげる」

 女がドラゴンの背から空を滑って地面に降り立った。 

「あなたはちゃんと私という現実の女性を心から愛した。だからあなたは許してあげる。その戦車から出てきて、私と一緒に来て」

 彼女は手を伸ばして、シュタイクアイゼンを招いた。

「ディア! 私の初心者支援を行いたいという言葉にうなずいてくれたのも、手伝いたいって言ってくれたのも、全部嘘だったのか!ディア!」

 シュタイクアイゼンの声が悲痛にかすれる。

 車内のだれもが目を落とした。答えは明白だったから。

「ええそうよ、アイゼン。決まっているじゃない。でもしかたがないわ。人の愛を忘れてこんなことに夢中になってるんだもの。あなたは私が愛を与えてあげて、やっとまともになった」

 シュタイクアイゼンは女の言葉を聞いて呆然とした。

「アイゼン、いい加減大人になりなさい。悪いもので遊ぶのはやめて、ちゃんと女の子を愛して、子供をもうけて育てるの。女の子を愛した気分はどうだった? 素晴らしかったでしょう? これが愛よ。あなたは愛を知ったの。大人になったの。さあわかったでしょう? シュタイクアイゼン、何度も言わせないで。私と来なさい」

 そして、沈黙が落ちて、ただ雪が舞い散った。

「ドラゴンにロック。いつでも撃てるよ」

「こちらもぶっ飛ばせる。戦闘機動いけるぜ」

「周囲その他敵影なし。ドラゴンと非武装女性一人のみね」

 シュタイクアイゼンは、ただすこし笑った。

 ドラゴンがうなる

「……私はなにを見ていたんだろうね。本当に、私ってやつは」

 戦闘車の床にしずくがぽつりぽつりとしたたり落ちる。

「それが魅了なんだよ、アイゼン」

 沢渡がつぶやく。

「……すまない、みんな。……私を助けてくれ」

 シュタイクアイゼンが扉を叩きつけるように閉め、中に戻って配置についた。

「戦闘開始!」

 軌陸戦闘車は、雪原に飛び出した。

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