第21話 単行列車、線路を外れて

 闇の中を走る列車から曳光弾の火線が伸びる。

 車内は赤い非常灯がともされるのみである。

 沢渡達は熱赤外線スコープを銃につけて戦っていた。

 モニターに映るターゲットは緑と黒のシルエットとなる。

 列車は、複雑にルートを切り替えて、敵にルートの事前予測をさせないように走行していた。

 そのため、線路の爆破は逃れていたが……

 しかし……

 突然に列車にブレーキがかかり、速度が落ちる。

「前方、分岐部に列車停止中!」

「通過を促せ!」

「だめです。応答ありま……」

 その瞬間、爆発音がとどろき、装甲列車にのるすべての人間の腸を、衝撃波でゆさぶったのだった。


「ええ、油脂と化学薬品を運搬している定期便です。はい、四時間遅れで運行中でしたが、分岐にさしかかるところで襲われた模様。運転手と車掌は死亡しています」

 夜闇を背景に、タンク車や貨車が盛大に炎をあげて燃えていた。

 それを背景に鉄道防衛総隊の通信兵が連絡をしている。

 貨物列車はちょうど分岐をわたっていたところを狙い撃ちにされたようで、危険物満載の長大な貨物編成が燃えあがって有毒そうな黒い煙をあげながら、本線と支線の両方を塞いでいた。


 沢渡達は客車の中で警戒待機を命ぜられていた。

 突如、車内スピーカーが声を発する。

「シュン正警兵、リンジー正警兵、ワレンコフ正警兵、ただちに指揮車に出頭せよ」

 沢渡は、ネカマと、隣の熊のような男と顔を見合わせた。


 指揮車輌に出頭した三人は開口一番に任務変更を告げられた。

「任務変更を指示する。我々はこの列車に連結されてる装甲軌陸戦闘車を切り離す。護送対象者とともにこれに乗り組み、単独で鏡月湖市へ向かえ」

 鉄道総隊少佐である指揮官の言葉に三人の顔がこわばった。

「復唱は?」

「アイサー。装甲軌陸戦闘車に乗り込み、護送対象者とともに鏡月湖市に向かいます」

 復唱したのは沢渡とワレンコフという熊のような男だけだった。

「質問があります」

 ネカマ……赤毛のリンジーが進み出た。

「襲撃が頻発している中で、我々三人のみでの敵中突破命令は無謀ではないでしょうか?」

「それについてはこの列車で陽動をする。我々はこれからこの路線を逆戻りして、貨物専用の北東短絡線に入り、鏡月湖市に向かうそぶりをする。君達は闇夜に紛れて列車から分離し、しばらくは軌道外を走行後、軌道に復帰し、軌道偵察を装って鏡月湖市へ向かうのだ」   そして指揮官は後ろを指し示した。

「時間を与えれば後ろの線路も塞がれるだろう。その場合、このまま列車にいては不利になる。上の命令はシュタイクアイゼンをなんとしても鏡月湖市の研究センターに送り届けろとのことだ。少数での敵中突破を押しつけるのは心苦しいが、このままでは包囲殲滅されかねない。ゆえに君達だけで出発してもらうのだ」

 沢渡達三人はもう一度、顔を見合わせる。

「陽動以外に援護はないのですか?」

 ワレンコフが尋ねると、指揮官はうなずいた。

「現在展開にとりかかっているが、すぐの支援は難しい。数時間後からは支援が可能とのことだ。それは期待して欲しい」

 もう一度三人は顔を見交わせ、指揮官に向き直り、そしてばらばらの敬礼をした。

「アイアイサー」



「連結器切り離し開始」

 リンジーが砲塔で報告し、それが沢渡のヘッドセットに届いた。

 火災現場から離れた暗い森の中、人々は暗視装置を用いて作業を行っていた。

 がちゃんという金属音とともに自動連結器が切り離され、前の貨車がゆっくりと遠ざかった。

「切り離し確認」

 沢渡は誘導員の合図を見て、操縦席に伝えた。

 車内もやはり闇に沈んでいて外と同じく暗い。ただ操作卓のところのみ赤い照明が頼りなくついている。

「エンジン始動」

 ワレンコフが操縦席でスイッチをひねると、一度大きな爆音が生じ、その後どろどろとうなるようなディーゼルらしきパワーユニットの音が響きはじめる。

「エンジン始動成功。電圧異常なし、オイルゲージ異常なし。よし、陸上モードへいくぞ」

「軌道モードから陸上モードへ遷移開始」

 沢渡がレバーを「軌」から「陸」に倒すと、モーターの音が響き、車体がわずかに下がっていく。やがてモーターのうなりが収まった。

 誘導員がまたも合図を送る。

「軌道輪格納完了。陸上モード確認。ワレンコフ、いける?」

「まかせとけ! 現実じゃブルドーザーからフォークリフトまで運転できるぜ」

 暗闇に包まれてた車内の中、操作卓のわずかな光で、ワレンコフが影絵のようにガッツポーズしたのがわかった。

「おおー、まさにプロフェッショナル。じゃあ、行こうか」

「よし、リンジー、出るぜ」

「はーい」

 砲塔から返事が降ってくると同時に、無線ががなりたてた

「軌陸戦闘車は車列から外れたら停止して、護送対象者を収容せよ」

「了解、車列から出て待ちます」

 沢渡が答えるとともに、パワーユニットが轟音を発して、軌陸戦闘車は履帯でレールを乗り越えて列車から離れ、そこで停まった。

 すぐに後部扉がたたかれ、沢渡が無線士席から車体後部に走って開ける。

 入ってきたのは、手錠をかけられた金髪碧眼の白いスーツを着たしゃれ男だった。

 後ろから、鉄道防衛兵が入ってくる。

「すいません。私はこの男をあなた方にお届けしたら列車へ戻るように命じられています。申し訳ありません。では護送対象者をお渡しします」

「はい、お預かりいたします」

 鉄道防衛兵の敬礼に、沢渡も敬礼を返す。そして鉄道防衛兵は手錠の鍵を沢渡に渡すと去った。

「よろしく頼むよ」

 金髪碧眼で白いスーツのしゃれ男、シュタイクアイゼンは手錠のかけられた両手を軽くあげ、扉を閉める沢渡に挨拶をした。


 装甲軌陸戦闘車は、普通に走ってる分には、単なる兵員輸送機能付き戦車だった。

 森の中を走っているため、舗装路面のような派手な音ではないが、履帯が地面をたたく音が室内に反響する。もっともその音もパワーユニットの轟音の合間にしか聞けないわけだが。

 車内ではワレンコフは操縦をし、リンジーはハッチから身を乗り出して、暗視装置で周辺警戒をしている。沢渡は無線士席の通信機で通信内容を聞きながら、シュタイクアイゼンを見張っていた。

 もっともシュタイクアイゼンは、極めておとなしく協力的だったが。

「……君は、GPFを始めてどのくらいだい?」

 ふとそんなことをアイゼンは尋ねてきた。碧眼には興味の色が浮かんでいる。

「一ヶ月半ぐらいですね」

 無線は列車が北東短絡線に入ったことを告げていた。相変わらず襲撃を受けているらしい。陽動はとりあえず成功しているようだった。

「……そうか。中学生なのにこんな酷いVRMMOに参加するとは……」

「大学生です。僕」

 しばし気まずい空気が車内を覆った。とはいえ、リンジーやワレンコフは声を出さず笑ってる気配があったが。

「……すまない」

 沢渡が冷たい声で抗議しにらむと、衝撃を受けたらしいシュタイクアイゼンはしばしうなだれ、やがて謝罪をした。

 そのまま沈黙が流れ、沢渡はタブレット型マッパーに目を落とす。

 気まずくなったのかシュタイクアイゼンはまた口を開いた。

「……その、君はルーキーキラーに会ったことは?」

「ありますよ。ひどい目にあわせされました。おかげで浄河に行く羽目になりましたが」

 シュタイクアイゼンは秀麗な顔をゆがめる。

「……君は、私を責めないのか?」

 沢渡は、のぞきこんでいたタブレット型マッパーから顔をあげて、シュタイクアイゼンを見た。

「あー、うん、それですか……。そのまあ」

 ぽりぽりと沢渡は頭を掻く。

「ひどい目にあわされたことはあわされたんですが、殺ってしまいまして」

「やった?」

「……フレと二人で倒しちゃったんですよ、運が良かったんですね」  

 金髪碧眼の美形中年紳士が、顔を蒼白にさせて震えだしたのは、いっそ壮観と言た。

 愛してたものなぁと沢渡は内心でひとりごちた。魅了されてたら相手の死はきついだろう。

 沢渡は、再度にマッパーに目を戻す。

「ワレンコフさん、もうすぐ国道にさしかかるけど、国道はさけよう。みつかりたくない」

「どうするんだ?」

「左のほうに山をつっきる林道がある。林道なら大軍もこないと思う」

「暗闇の林道を行けってか? 注文きついぜ。シュン、おまえ、俺の得意先のブラックな会社の社長じゃないだろうな」

 あきれたような陽気な声が操縦席から返り、沢渡は口をとがらせた。

「なんだよそれ。いったろ、僕は大学生だって」

「ワレンコフ、私も国道はさけたいわ。警戒線がありそう」

 リンジーも懸念をしめした。

「はいはい。まあ敵に囲まれるよりはましだしな」

「ワレンコフさんの腕、信用してるから」

「プロドライバーさん、期待してるわよ」

 沢渡とリンジーのおだてが入り、操縦席で口笛がなった。

「そう言われるとケツがかゆくなるな。しょうがねぇ、気張ってみるさ」

 その言葉とともに体が右にひっぱられる。戦闘車が左に曲がったのだ。

 そのままパワーユニットのうなりを聞きながら、沢渡は無線をチェックした。

「夜が明けても山の中ならなんとか……」

「その……死ぬ時彼女はなにか私のことを語っていなかっただろうか?」

 突然、シュタイクアイゼンが語りかけてきた。

 どうやらショックから立ち直ったらしかったが、沢渡はルート選定に集中していた頭を、戻すのにはすこし時間がかかった。

「……えと、……なにも言ってなかったと思います。現実に帰れとか、このGPFが邪悪とかは言ってましたが」

「そうか。……私は彼女のけぶるような銀髪を、とても愛していた。神秘的な紅い瞳も褐色の肌も」

「は? 銀髪? それだれですか? 黒髪とか茶髪ですよ?」

「え? 黒髪? 茶髪?」

 沢渡とシュタイクアイゼンは、しばし見つめ合った。漂ったのはもちろん変な雰囲気ではなく、疑問符の嵐だった。

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