第20話 白いスーツの裏切り者

 悲鳴の如く汽笛が鳴り響く。

 装甲列車は前方の線路上に居座った敵に対し、渾身の砲撃と銃撃を加えながら突き進んでいった。

 やがて、前方からひどく重い金属重量物同士を打ち鳴らしたような音が響き、列車が衝撃で不規則に揺れる。

 ……息詰まるような時間が過ぎ、車内スピーカーがしゃべった。

「敵排除成功、耐衝撃態勢を解除せよ」

 かなり速度を落として列車は進んでいく。

 ひっくり返って穴だらけになった地竜の死骸が銃眼のすぐ側を過ぎ去っていった。その姿はトリケラトプスに似ている。

 ワイバーンや走竜達もきびすを返して去って行った

「ところで、もういいわよ?」

「え?」

 見ると、沢渡はネカマを片手で抱きしめていた。

「うわわっ! す、すいません」

「ううん、大丈夫。こちらこそありがとうね。……それとね。そのほうがかわいいわ。私はこっちのほうが好き」

 思わず手と体を離して慌てる沢渡に、ネカマはひんやりとした柔らかい右手を沢渡のほほにあてて、にこりと微笑む。そして自らの場所へ戻った。

 その後ろ姿を見ながら、沢渡は複雑なものを感じていた。


 

 一時間強ほど走り、列車は、和端わばたという街で停車をした。

「ああ、修理なんてできるものか! 代わりだ、代わりをよこせ! 先頭砲戦車なしでこの先走れない!」

 指揮車輌の中で、この装甲列車の指揮官が、大声で報告している。

 巡察警兵達は、鉄道防衛兵達と入り交じり先頭車輌の周囲を取り巻いていた。

 先頭車輌は無残だった。

 車輌の先端衝角部がちぎれ、ねじれ、つぶれ、砲戦車の内部が見えている。

 ありていに言って、よくここまで走ってこれたと想わせる代物だった。

 台車部分にまで損傷がいかなかったのが、不幸中の幸いだったのだろうが、このままでは走れないのはだれが見ても明らかだった。

 現在列車は「半舷休息」の状態にある。

 装甲列車の所属は、軍でも警察でもない準軍事組織である鉄道防衛総隊である。

 鉄道防衛総隊は鉄道局の指揮下にあるが、これは東和大陸に国家防衛軍がないことによるものだ。


 端的に言えば、東和大陸には国家が一つだけだ。そのため国防軍がいない。代わり準軍事組織が並立している。

 国防軍がないのは東和大陸には大軍で攻めることはできないからだ。東和大陸から他国を攻めることもできないので外征軍もない。

 これはVRMMOのデータ構造によるもので、プレイヤーやNPCが歩いて行こうが飛行機を使おうが、そのままでは別の大陸、別の国にはいけない。

 GPF世界はつながっていない。国ごとにサーバーのようなデータデヴィジョンがあり、プレイヤーはそれぞれのデータディビジョン--プレイヤー達はサーバーと呼んでる--に隔離されているのだ。それは現実の対立を持ち込まないためでもある。

 しかし運営は、人々を完全に隔離はしていない。

 他国に行く時には大陸の終端近くにある遷移装置を経れば、データディビジョン間の転移が可能だ。もちろん行き先などは運営の許認可が必要ではあるが。

 飛行機であっても、空にある指定の空中遷移装置に飛び込み、データディビジョン間を行き来する。

 ゆえに他国への侵略のために大軍を派遣することが運営の許可無しにはできないわけだ。

 運営をだまして通ったとしても、今度は帰れない。

 無理をして実施しても帰還の見込みなく、大規模PK集団として強いペナルティを受けながら、狩られていくし、何よりもリスポーンポイントは運営の操作により、どこともしれない異国の辺境になる。

 運営をだますならば、運営はそういう報復をユーザーにすると言われている。


 というわけで鉄道防衛総隊のような準軍事組織は東和大陸にいくつかある。

 市警察は主に街の中、保安官や巡察警兵は街の外の広域治安維持。国家警察は市警察の上位広域警察として機能する。

 鉄道防衛総隊は、鉄道網の維持防衛が目的に設立された。沿線の害獣妖獣駆除、VIP護送などを主な目的としている。

 その他、森林希少動物保護局、組織暴力対策局、治安維持PMC、沿岸警備隊、災害対策局など、この大陸では様々な準軍事組織が絡み合い、時おり職掌争いを起こしながらも並立していた。

 だが鉄道防衛総隊は、活動場所が陸の沿線周囲にも関わらず、装甲列車を船に見立てたような語彙が多い。それが半舷上陸などの違和感ある用語の理由だ。


「6時間以上の停車?」

「ぶっこわれた車輌の代わりが来るのに、それくらいかかるとさ」  

 半舷休息が告げられた巡察警兵達は様々だった。

 ため息をつくもの、肩をすくめるもの、苦笑いを浮かべるもの、買い食いを始めるものもいる。

 とはいえ、交代性での三時間弱、しかも出先の休憩では、できることは多くない。

 娼館にしけこむ剛の者もいたが、それは余談にすぎない。


 そんなことをホームで話している彼らの耳に、聞き慣れない音がした。

 どこかの客車の扉が開く音なのだが、妙に重々しい。

 そちらを見た数人が理解して。顔がいまいましげにゆがむ。

「あいつだぜ」

 すべての窓に鉄格子がはめられた黒い客車が、ただ一カ所だけの分厚い扉を開けていた。

 護送客車。防火防弾耐爆の特別仕様車である。

 その開いた分厚い耐爆防弾扉から、男が一人、つきそいの鉄道防衛兵とともにホームに出てくる。

 男は白くぴったりとしたスーツの上下を来ており、引き締まった体格に似合っていた。

 髪は金色で、目は青い。典型的な北方ゲルマン系の顔だが、容貌は優男とは遠い。苦み走った顔と言うべきだろう。

 男はホームに出てくると屋根がない部分まで歩く。

 そしてつきそいの鉄道防衛兵からたばこをもらうと、火をつけてもらってうまそうに吸って、煙を盛大に吐き出した。

「いい気なものだな」

「辞めたやつだっているというのにな」

 男を遠巻きに見ている人々の目には、軽蔑と憎しみの色が漂っている。

「シュタイクアイゼン、裏切り者が」

 しかし金髪の下にある碧眼は、周囲の視線を平然と跳ね返していた。

 そんな男が長く節くれ立った手でたばこをつまみ、悠然と先端を赤く光らせては灰にすることを繰り返している。

 傲岸不遜な態度ではあったが、その男らしい顔にはどこか愁いが満ちていた。

「なにか食べるか?」

「気にしないでくれ。食欲はない。それよりもう一服したい」

 鉄道防衛兵が新たなたばこをシュタイクアイゼンに渡した。

 シュタイクアイゼンは薄く笑うと、空を見上げて煙をゆっくりと吸い込み、吐き出した。

 夕暮れの色が差す空に、煙はゆっくりと立ち上っていった。



 沢渡は、同じ車輌の巡察警兵達と行動を共にしていた。

 初めての街で、文字通り右も左もわからないので、知ってる人間のあとについていくしかなかったのだ。

 それにより、沢渡は風呂と食事にありついた。和端の街のおすすめ店という触れ込みの食堂は充分に美味で、戦闘の緊張をとるには充分だった。

 すこし年季がいった地方の駅前食堂という感じのその店は、今巡察警兵と鉄道防衛兵で椅子が埋まっている。

 出された食事がほぼ平らげられ、店の中は穏やかさが漂っていた。

 リラックスすれば今度は会話が活発になるのはVRの中でも変わらない。

「シュタイクアイゼン?」

 男の一人が尋ねた。

「ルーキーキラーの連中に、巡察警兵隊に来た初心者の情報を渡してたやつさ」

 沢渡はコーヒーを飲みながらその話に耳を傾ける。

 ひげ面のマッチョマンが答え、尋ねた男は得心がいったようにうなずいた。

「ああ、俺達の護送対象の名前なのか」

「そうだ。良い腕していて、人柄も良かったんだがなぁ」

 慨嘆しため息をついたひげ面マッチョマンに、今度は軽薄そうな短髪の男が質問を投げかける。

「そいつ、なんで裏切ったんだよ?」

「……ルーキーキラー達の女の一人に精神操作を受けたらしい。魅了っていって、恋愛感情を抱いてしまう精神操作だ」

「するとなにか? 好きな女のために初心者達の情報を流して、かわいそうな初心者をやつらに切り刻ませたってわけか?」

 軽薄そうな男の声に軽く怒気が混じる。ひげ面は答えずビールをあおった。

「本当に精神操作なんですか? ただの恋愛ってことは?」

 沢渡は思わず問いかけてしまう。ひげ面の顔が沈鬱なものになった。

「アイゼンは本気で惚れているから否定するだろうが、間違いなく精神操作だ。セックスはおろか、キスすらしていないんだぜ。現実ならまだしもここでだぜ。女の言葉と態度が違いすぎるんだよ」

 もてあそばれる男の悲しさを垣間見て、テーブルにしばし沈黙が漂う。

「俺もそんなにもてるわけじゃないけどよぉ、強制的に好きにさせられるとか、あんまりだろ。しかもご褒美もなしとかさ」

 軽薄そうな男が、やるせない怒りを抱えながら、言い放った。

「アイゼンはそういうところ、潔癖なやつだったんだ。だからやつはなおさら一途に愛した」

「真面目君かよ。だったら情報を漏らす時に考え直してくれよってんだ」

 男の声を聞きながら、沢渡は魅了を受けた時のことを思い出していた。

 あの甘い高揚感はまだぼんやりと思い出せる。生物的な、オスとしての充実感というか。 

(性欲抑止)

 あらがった冷たい声。心の深層への侵入を跳ね返し、今はためらいなく撃つ力を与えてくれる。

 その男と比べると、確かにチートだよなぁと、沢渡はしみじみ思い、コーヒーを飲み干した。



 6時間と20分以上経過して、代わり先頭砲戦車輌が支線運用の小型SLに押されて到着した。

 破損した先頭車輌は、すでに列車から切り離され、駅の外れの草ぼうぼうな留置線に停まっている。

 ホイッスルが吹き鳴らされ旗が何度もふられ、そして短い汽笛が交わされる。

 やがて自動連結器のかみあう音とともに、新しい先頭砲戦車輌が列車に組み込まれた。

 まもなく深夜にさしかかる午後十一時前。

 ホームには装甲列車の関係者以外の人影も、普通の列車もない。

「総員乗車!」

 出発のベルが鳴り響き、旅と戦いの第二ラウンドが闇夜の中から始まった。

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