第19話 襲撃前哨戦
「……おまえ、なんだよその目は?」
「よせ、からかったのは俺達だ」
目が合った男が、なぜか沢渡に敵意を見せ、隣の男に抑えられる。
だが腹も立たないしおびえもない。
「……あと弾がいる人いますか? 持ってきますよ?」
沢渡はすこし戸惑って笑顔を浮かべた。
「ちょっといいか? こっちだ」
さっきの熊のような男が沢渡を重機関銃の物陰に引き寄せる。
そして周囲をはばかるようにそっと話しはじめた。
「おまえ、その目、なんかやってるのか?」
「え? なにかって?」
「ドラッグとかだ」
「ドラッグなんかやってないですよ」
沢渡は驚いて首をふり、男はうなずいた。
「ならいいんだが、あの目は良くないぞ」
「あの目?」
首をかしげる沢渡を、男は軽くにらんだ。
「猥談しているのを馬鹿にしている嫌な女のような目だ」
「え? はぁ」
そう言われてもな、と思う気持ちが沢渡の顔に表れたらしい。
沢渡の困ったような表情を見て、熊のような男はぽんと沢渡の背中をたたいた。
「わかってやってくれ。みんな緊張してるんだ。おっぱいで赤面するうぶな少年にからんで馬鹿なこと言いたかっただけなのさ」
「それはわかりましたけど……僕、そんなに変な目つきをしてましたか?」
腑に落ちないという顔でまだ尋ねる沢渡に、横から落ち着いたメゾソプラノの声が聞こえた。
「そうね、とりあえずはったおしたくなるような目だったわね」
沢渡は驚いて軽く飛び上がった。男達二人がこそこそ話しているところに、ネカマとはいえ、女性が割り込んできたからだ。
「あはは、ちょっとましな目になったね。さっきの目は最悪。あれぐらいなら私のおっぱいガン見してるほうがまし」
「え? ええ?」
沢渡はさすがに困惑する。美しくグラマラスな赤髪のネカマは、緑のきれいな目でいたずらっぽく笑った。
「ひょっとしてリアルではシリアルキラーなのかしら?」
「それもたいがいな言い草だな」
男も、豪快に笑い、沢渡は急いで首を横にふりまくった。
「まあ、ただのルーキーではないんだろう。中学生のうちからこんなVRMMOに出入りしてるから、当然といえば当然だけど……」
「あの、僕は大学生です……」
「は?」
「え? 大学生?」
沢渡のつっこみに、男とネカマは固まった。そしてその声に車内全体もまたあっけにとられたのだった。
列車は定刻に陽谷を出発し、快調に走っていた。銃眼から見える平原や農村や林が、軽快なレール音と共に過ぎ去っていく。
車内は、居眠りをしているもの、コーヒーを飲むもの、雑談に興じているものなど様々だった。
沢渡は、自分のパワードマシンピストルを磨いていた。
「コーヒー飲む?」
隣から声がかかる。赤髪を後ろでまとめたネカマだった。
「ありがとうございます。……気を使わなくていいですよ?」
コーヒーを受け取った沢渡に、ネカマは軽く肩をすくめて、もごもごとそういうわけじゃないわなどと言った。
車内では、沢渡が起こした騒動はもはや過ぎたことだった。
単調なレールの音は車内を弛緩させたのだ。若干どこか緊張が残しているとしても。
「まだ休んでおけ。どうせ来るとしてももう少し先だ。ここらはまだ街から遠くない。襲うなら、街からの救援に時間がかかるところだろう」
横からかかる声に沢渡はうなずく。声の主は熊のような彼だ。
だが、そうは言っても目を閉じて眠れるものでもない。
重機関銃や擲弾銃のために、車内から椅子はすべて取り払われている。
人々は背嚢や弾薬箱を重ねたものに座っているのだ。
床に直接座っているものも多い。
左右の壁にもたれることは禁止されているので、寝にくいものがあった。
銃撃された時に貫通したら酷いことになるからという理由だった。
それでも、レール音はやはり最高の子守り歌なのかもしれない。
沢渡は背嚢にもたれ、いつのまにか意識を手放していた。
肩を揺すられて、沢渡は目覚めた。
「そろそろ危険地域だ」
「起きた?」
熊のような男と隣の赤髪のネカマが微笑む。
「は、はい、ありがとうございます。起きました、だいじょうぶです」
すでに車内ではだれもが重機関銃にとりついていた。
「まもなく当列車は危険地域に入る。各員、第三戦闘態勢」
車内アナウンスが響き、沢渡は再度、自動擲弾銃の点検にとりかかる。
そして、擲弾銃の上部のフィールドカバーを開けて、給弾ベルトの一番端の弾をセットした。
レバーを引き、初弾を薬室内に送る。
リアサイトを立てて、その後沢渡は体の力を抜いて、待った。
やがて三十分ほど列車が走行した時、やつらは姿を現した。
「一時の方向、上空、ワイバーン多数、二十体以上! 接近中」
「10時の方向! 走竜? 二本足の竜。おそらく三十以上! 併走している」
「総員第一戦闘態勢!」
「みぎ舷、仰角あわせ!」
「ひだり舷、射撃はまだ」
車内に緊張が満ちる。
「ワイバーン急速接近!」
「みぎ舷、射撃開始!」
車内が射撃音に満たされ、沢渡達は戦闘に突入した。
沢渡の自動擲弾銃の照準は、照星とリアサイトの照尺を距離であわせる直接照準だった。
その照星の先に、列車と併走する「走竜」がいた。
ダチョウのような二足歩行、頭は平たいが、獰猛な黄色の目と鋭い牙がならんだ顎がある。後ろにはバランスをとっているらしい長めの尾が見えた。
異様なのが、走竜の背にのった機械……センサー付きの機関砲や小口径砲だった。
「生物を使ったULVというわけね」
「おそらくただの妖獣では攻撃力が足らないから、改造したんだな」
「こっちのワイバーンは軽量砲を積んでいる!」
重機関銃を撃ちながら、巡察警兵達は会話を交わす。
だがその会話もすぐに途切れた。
「第二波接近!」
沢渡は、弾帯ベルトに残った弾数を目視で確認した。
現在使っているのは多目的榴弾だがそれなりに残っている。
足下の薬莢を周囲に押しのけ、給弾ベルトを直した。
ソフトターゲットならば、対人榴弾でもいいのでは?と思ったが、これから装甲を持つなにかが出ないとは限らない。
このまま押し切ることとした。
「走竜群。十体ほど。前方距離300」
ネカマが測距装置付き双眼鏡を持ちながら、報告する
沢渡は併走する走竜を一体、照星に捕らえた。
照尺を300にあわせ、そしてすこし前を狙う。
引き金を落とした。
一秒遅れて、爆発が生じ、走竜が二匹ほど血を飛ばしながら吹き飛んでバウンドしながら落下した。
続いて走ってきた走竜のグループに三連射。
三つの爆発が走竜を吹き飛ばし、無様に跳ね転がっていく。背中に背負った機関砲が誘爆したのか、でたらめに光を飛ばしはじめ、次の瞬間、別の走竜を巻き込んで大きく破裂した。
「走竜群撃破」
(よし)
かすかに笑い、沢渡は次のターゲットを狙う。
前のほうで、別の走竜グループに向いた砲戦車輌の砲塔が火を噴き、目の前で数匹の走竜がまとめて盛大に吹き飛んだ。
その爆炎をつっきって、さらなる走竜が列車に向かう。
隣の重機関銃が見る間に竜をちぎり取って血だらけにして、竜は転倒して動かなくなる。
その後ろから迫ってきた走竜がごく自然に、誘い込まれるように照準に入ってきた。
なぜか、相手も自分を狙っているのがわかる。FCSがこちらを見たように感じた。
沢渡は竜の背中部分の無反動砲、そのFCSシステムらしきところを狙った。
ごく自然にスキルが発動して集中し、引き金が落ちる。
弾が、若干の装甲を持った無反動砲に吸い込まれた。
突然爆発とともに竜がはじけ飛び、その頭と砲塔が高く高く吹き上がった。
「たーまーやー」
そっとつぶやき、沢渡はかすかに笑った。
血が驟雨のように列車をたたき、赤く染めた。
「ナイス! やるじゃない!」
隣のネカマの賛辞に、サムズアップで答える。
隣で重機関銃の轟音が響いた。背中の機関砲塔から弾を乱射していた走竜が吹き飛んだ。
「お見事です!」
「そっちもナイス!」
「まけてらんないぜ」
ネカマと沢渡が賛辞を送ると、熊のような男は笑顔を返した。
その時、汽笛が短く爆音で五度鳴る。続いて悲鳴のように長くとどろいた。
「どうしたっ!」
車内のざわつきに答えたのはスピーカーだった。
「前方に敵。各砲塔は前方障害物に全力射撃開始。総員、耐衝撃態勢! 本列車は非常減速を行う」
「総員、耐衝撃体勢をとって!」
だれもが即座に機関銃や手すり、三脚にしがみつく。
長々と汽笛が鳴り続き、砲撃音がこだまする中、がつんと前に投げ出されそうな衝撃が走り、金属のこすれあう甲高い音が延々と響いた。
車内に悲鳴があげる。
ネカマの体が滑ってくるのを、片手で受け止め、渾身の力で引き寄せる。
砲撃音がますます激しくなり、前方の車輌からと思われる重機関砲の重低音がそれに重なる。
「総員、本列車は、これから敵を突進排除する。衝角戦態勢!」
「総員、ラム戦たいせーーい!」
だれもがさらに強く身近なものにすがりついた。
線路の上を悲鳴のように汽笛を鳴り響かせ、行く手を遮る巨竜へと、装甲列車は突き進んでいくのであった。
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