第18話 陽谷発鏡月湖行き、臨時特別軍事輸送01号

 数時間後、キリクは自室で沢渡のパーソナルスマートデバイスをのぞいていた。

「招集とはね」

「あの魅了について僕の頭も調べたいみたいだから、それに併せて招集したみたい。ちゃんと報酬が割り増しされてるんだよ」

 沢渡は届けられた重要メッセージを、キリクに見せにやってきたのだ。

 キリクがダイブインすると留守メッセージがあり、返信すると沢渡はすぐにやってきたのだ。

 招集メッセージを読んでいたキリクがうなる。

 それは、巡察警兵局からのものだった。同時に、沢渡の正警兵への昇格も通知してある。

 キリクが特に注目したのは、報酬を記した項目だった。

「おー、こりゃいい。でも鏡月湖市きょうげつこしか。これはかなり遠いな」

 命令内容は、情報漏洩容疑者の鏡月湖市までの護送。

 沢渡の精密検査を行いたいとの付記もあった。

「鏡月湖市って遠いの?」

「大陸北部だな。美月山の麓にある。冬は寒いぞぉ! と言うかあのあたりは四月ならまだ平気で冬だ。もっとも、街の主要部はドームに覆われていて、快適らしいが?」

「ドーム!」

「だから東和大陸観光の目玉なんだとさ。俺は遠くてまだ見に行けていない。でも山と湖とドーム都市。レトロフューチャーっぽくないか?」

 そう言うとキリクは自身のパーソナルスマートデバイスに、ドーム都市の画像を映し出した。

 そこには雪をかぶった山と銀色の湖、そして白亜の建物を内部に囲ったドームがある。

「もっとも」

 キリクは肩をすくめる。

「俺は浄河市南部森林掃討作戦の手伝いなんだな、これが。シュンに招集命令が出るとわかってなかったら、受けなかったのに」

 やれやれとキリクは残念そうに首をふった。



 ルーキーキラー達に情報を漏らしていたプレイヤーは、かなり迅速に特定され、NPCの市警察とプレイヤー達の巡察警兵との協力で逮捕に至った。

 逮捕の際、彼はまったく抵抗しなかったという

 取り調べを五日ほど行った後、ゲームマスター裁定により、容疑者は東和大陸中央研究都市、鏡月湖市に移送されることが決まった。

 容疑者が明らかに魅了の影響下にあるものと確認され、プレイヤーの脳へのクラックが、重大な事態と認定されたのだ。

 その護送に、陽谷市巡察警兵本局、および各支局は人員の供出を余儀なくされたのだった。



「まもなく零番線に、当駅始発、臨時特別軍事輸送一号鏡月湖行きが入線します。関係者以外はただちにホームから退場してください。繰り返します……」

 高鉄陽谷駅、零番線ホームにいかつい男の声でアナウンスが入ると、人々はそそくさとホーム上から去った。

 先頭は砲が付いた装甲車輌だった。戦車のような回転砲塔を積んでいる背が低めのオリーブドラブの車輌で、先端の下部には排障装置を兼ねたとがったスカートがついている。そして重連二輛の牽引機関車が後ろに続く。やはりオリーブドラブの重装甲仕様だった。

 それらが重々しい音を立てて入線して、機関車の後ろには対空車輌、貨車、そしてまた装甲車輌と続く。目を引いたのが中程に一輛だけ連結されている黒塗りの客車で、窓には鉄格子がはめてあって、装甲車輌とはまた異なるいかめしさがあった。

「おおー 装甲列車!」

 沢渡が純粋な驚嘆と歓喜に声をあげた。男の子だから装甲列車に声をあげるのはしかたがないのだ。オタクだし。

 どの車輌にも銃眼付き装甲版が貼り付けられ、装甲列車全体が一輛をのぞきオリーブドラブに塗られていて、ものものしくいかめしい。

「砲戦車輌が前後、中間の三輛。こりゃ、やる気だね」

「あれが俺達用の車輌。あれは重火器貨車で、あれは装甲軌陸戦闘車だな、鉄道防衛総隊本気出してるな」

 だが一般人が去ったあとで、入線してきた装甲列車を見て、背中にFCM(Frontier Circuit Marshals)と大きく書かれた濃紺の制服を着用した巡察警兵達の一群がホームにとどまり、賑やかにしゃべりたおしていた。

「これは戦争だね、もう」

「報酬がいいはずだぜ。こりゃ、やばいクエストだ」

「巡察警兵集合!」

 集合がかかり、巡察警兵達はだらだらと集まった。


 車内には12.7mm重機関銃が前後左右に計四挺三脚に据え付けられて設置されている、

 前後の重機関銃の間には給弾箱がついた太く短い銃身の銃がやはり三脚に据えられて左右一挺ずつあった。

 沢渡はその左の銃の前に歩み寄った。

 装甲車輌には窓はないが、重機関銃用の銃眼がある、

 沢渡の奇妙な銃の前にも、同じように銃眼があった。大きさはPCのモニターほど。 

「窓がないとなんか息苦しいな」

「観光じゃないんだから」

 適当なことをしゃべる周囲にかまわず、沢渡は荷物を置くと貨車に向かった。


「ずしり」では済まない重さの弾薬箱を、沢渡はなんとか抱えよろよろと戻った。

 そして奇妙な銃についている給弾箱の近くに置いた。

 それを三度繰り返す。

 額の汗を拭い、今度は銃の前に座り、リアサイトの調整にとりかかった。


 

 沢渡の担当は、自動擲弾銃じどうてきだんじゅうと呼ばれるもので、口径40mmのグレネードを連発する。沢渡は対装甲対人多目的榴弾五十発入りを三ケース持ってきたのだった。 

 最初から付いていた空ケースに、給弾ベルトにつながった弾を入れていく。

 まだ命令がないので装填はしない。

 沢渡は、一息ついてそして自分のやっていることを思い起こして苦笑した。わずか一ヶ月ちょっと前は、銃なんてほとんど知らない普通の日本人だったのに、今じゃ装甲列車に乗り込んでオードグレネードランチャーの射手。

 しかも軍隊に入ったというには、巡察警兵はそう軍隊らしくもない。

 数日前から事前訓練で、個人携行重火器や重機関銃と併せて自動擲弾銃の取り扱い訓練を受けたが、それで軍人精神が注入されるわけもない。

 とはいえ、NINCRM影響下にあるのか、訓練したことは体が忘れない。

 通常の軍人のような規律がないまま、しかし周囲のだれもが的確に重機関銃やオートグレネードランチャーを整備し、準備を行っているのだ。


「だれかぁ、ドア開けてぇ!」

「あ、すいません。……重そうですね? 持ちますよ?」

 沢渡が連結部のドアを開けると、四本の重機関銃用ベルト弾帯を両肩に担いだ女性が貨車から帰ってきたらしく、ドアの前に立っていた。

 沢渡は弾帯ベルトを二本とると、肩に担ぎ、女に尋ねた。

「で、どこに運べばいいですか?」

 沢渡は女が指示した重機関銃射手のところまで弾帯を持って行き渡す。

 そして確認しようとして女のほうへ振り返って、沢渡は固まった。

「これでいいで……」

 彼女の汗まみれの首から汗のしずくがしたたり落ちたのだ。谷間に。

 胸元が大きく開いたタンクトップだけで衝撃は充分大きかったが、二つの膨らみの巨大さは、衝撃を指数関数的に跳ね上げた。

 そしてとどめに、揺れる。でっかい胸が盛大に揺れる。

「それでいいわ。ありがとう」

 限界値を軽々と突破した衝撃は、秒もかからず沢渡の顔すべてを耳まで紅潮させた。

 紅潮させたにとどまらず、沢渡は顔をそらす羽目になった。

 そして頭のどこかで、しまった! 性欲抑止チート切ったままじゃないか!と自己つっこみが入った。


 沢渡の様子に、弾を渡した男がまず気づいた。

「少年。そいつはネカマだぜ。ネカマの乳見て喜んでもしょうがないぞ?」

 その男はやや太っていたが、がたいがいいというほうが似合う男だった。

 短髪でひげが濃く熊のような男という印象がある。顔は愛嬌がある顔だったが、女性の好みではなさそうだった。

 その言葉で車輌内の全員の目が沢渡へ向いた。

 ネカマがすごく魅力的な笑顔を浮かべ、胸を突き出した。

「あら、私のおっぱいが気になる? 私、ネカマだけど、男は大歓迎! 敵をいっぱいやってくれたら、ベッドルームに招待するけど?」

 途端に笑い声と軽口が客車中にあふれる。

 ニコニコと笑うネカマは、女性としては長身で、赤い髪をきれいに後ろでまとめ上げている。体つきは長身でそのためにより目立つ豊かな胸部臀部とかなりくびれた腰部をしている。緑の目がきれいで大きく、唇もぽってりしていて派手だが軽薄ではない陽性の美人だった。

 そんなネカマが下は戦闘服のズボンだが、上はオリーブドラブのタンクトップで動いていたのだ。

「かわいそうに。あいつ童貞っぽいのに、初体験がネカマ相手とは」

「俺としては、そこいらのブスよりはあのネカマのほうがありだがな」

「うわ、節操なしめ」

 沢渡は気恥ずかしさに耐えきれなくなってうつむき、そっと性欲抑止を起動させた。

 沸騰していた頭の中が次第に冷えはじめる。

 羞恥が引いていく。なぜ恥ずかしかったのかがわからなくなる。

 おっぱいが胸部だという感覚に落ち着いていく。彼女の美しさ、愛嬌の良さが、店員のそれになっていく。

 やがて頭が完全に冷えた。自分の思考が明晰になる。

 気がつくと、客車の中の巡察警兵達が沢渡を見ていた。

 沢渡がゆっくりと彼らを見渡すと、沢渡をにらむ目とぶつかる。

「……おまえ、なんだよその目は?」

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