第15話 狙撃戦

 沢渡がつい背後に振り返ってしまったのは、ミスであったがやむを得ないといよう。

 けれど、後ろで銃を拾い上げる音がしたので、とっさに身を投げ出し、近くの木の根元に飛び込んだのは、上出来だった。

 木々の間を臓物を揺るがす射撃音が、エコーを伴って駆け抜ける。沢渡の身を隠した木の幹が、大きくえぐれて、木の白い破片をまき散らしていた。

「シュン! 街が砲撃されたみたいだ!」

「キリク、こっちはその指揮官とやりあってる!」

 パーソナルスマートデバイスのスピーカーは、キリクが絶句した様子を、高性能なマイクでしっかりと拾ったままに再生した。

「……わかった。援護に向かう」

「頼む。やばい威力のライフルに注意して」

 再度轟音がこだまする。それで隠れていた木は、幹の半ばまでえぐられ、ゆっくりと倒れ始める。

 沢渡は隠れた場所から立ち上がり、必死に別の木めがけて走り出す。

 それを拳銃弾が追い、一発がかすめた。

 手近な木の根元に飛び込み、そこから音を立てないように匍匐で別の木に近づく。

(スモークもフラッシュもなしで、弾もちょっとだけ。くっそ、どうしてこうなった!)

 心の中で状況を呪いながら、沢渡は伏射の体勢をとった。

(スナイパーライフルのゼロインを済ませてたのが不幸中の幸いか)

  手で銃を支え、スコープであたりをみる。

 当然ながら遮蔽物が多い森の中で、簡単に姿をつかませてくれるほど敵は間抜けではない。

(カウンタースナイプなんてやったこともないのに!)

 再度、短い爆音が続き、数十秒後に市街地の方で爆発音が鳴り響いた。

 沢渡は、砲撃音がしたあたりをスコープでみる。

(猿! いや、妖獣? 猿の妖獣が砲を操っている?)

 スコープの中で猿達が迫撃砲にとりつき、次の砲撃準備を慌ただしく行っていた。

 その猿は体毛が白色で、露出している臀部や手、顔は黒かった。

 なにより目に結膜の白も光彩の色もなく、黒一色で、普通の猿と違うのは見ればわかった。

 沢渡は迷う。猿達を撃って砲撃を止めるのはできる。だがそれは自らの位置を暴露し、狙撃される可能性を増やす危険性を伴う。

 キリクを待つのがもっとも安全だが、だが街の被害は増えるだろう。 

 沢渡の頭の中で、いろんな光景が瞬時に瞬いた。

 治療を担当してくれた医師、簡素だけども過ごしやすかった病室。気持ちがよかった温泉。出会った同病の男達、あの宴会。石段の先にあった鳥居、小さな本殿。そしてクラテの笑顔。

 PTSDで苦しんだ日々の記憶が走り抜けた時、心は決まった。

 スコープのクロスヘアを猿の胴にポイント。

 集中のスキルがすっと発動したのがわかった。

 意識から雑音が、雑念が消える。呼吸が消え、鼓動が消え。標的はすぐそこに。

 引き金が落ちて、猿が二つにちぎれ飛ぶ。

 騒いでいるらしい隣の猿を再び狙う。それを三度繰り返す。

 轟音がまたもや鳴り響き、集中をかき乱した。

 沢渡を狙った銃弾が幹に刺さり、木の破片が頭に降りかかった。

 頭を低くして、匍匐で位置を変える。

「キリク、猿だ。猿を狙ってくれ。猿が砲撃をやっている!」

「……そっちの援護はいいのか?」

「相手はスナイパーだ。キリクの銃じゃ厳しい。こっちは身動きが難しいし、猿を放ってもおけない!」

 スピーカーから舌打ちの音がした。 

「ちっ! わかった。猿をなんとかする」

 かなたで銃撃音と猿の騒ぐ声が起こり、殺気が少し緩む。

 沢渡はさらに静かに匍匐を続けた。

 前方で猿が迫撃砲の準備をしていた。

 銃口をそっと突き出し、猿を狙う。

 遊底をそっとスライドさせ、静かに弾を込めた。

 スコープをのぞき、四体の猿を確認する。

 指揮官らしき猿、そして射手の猿をのぞき見て、砲手にポイントする。

 射手が砲弾をもち、砲口に入れようとした瞬間、砲手を撃った。

 よろけた猿が迫撃砲を押し倒し、射手が思わず手を離す。

 倒れた迫撃砲から異常な角度で砲弾が発射されて猿達の至近距離で暴発し、残り三体がまとめて吹き飛ぶ。

 小さくガッツポーズをした沢渡の耳を轟音がたたく。下げた頭の少し上を敵の女の銃弾が通り過ぎた。

 そして再びの短い爆音があちこちで続き、複数の迫撃砲弾が街に向かって飛んだ。

 だがそれでも数は減っている。

 また遠くで銃撃音が響き、猿の悲鳴が届いた。



 浄河の市街が燃えていた。救急車やパトカーのサイレンが鳴り響いている。

 空に、へりらしいローター音があった。

 沢渡は、冷静に弾を込めていた。残弾は少ない。猿達を倒すのに使ったためだ。

 キリクが手伝ってくれてなければ弾切れだっただろう。

「猿はだいたいやった。今からそっちに向かう」

「気をつけて」

 これからが本物のカウンタースナイパー戦だった。

 沢渡は幸運を改めてかみしめていた。

 下生えが人の体をほどよく隠してくれる森の中でなければ、沢渡はすでに死んでいただろう。なんとかカウンタースナイパー戦ができているのは、地形のおかげでしかない。

 技量は明らかに、あの女が上だった。

 伸びていた長い蔓を引きちぎり、茂みの草に結びつける。

 そしてそろりと充分に下げり、蔓をひっぱった。

 ガサリガサリと音を立てた茂みが、次の瞬間はじけた。轟音がそれに続く。

 沢渡はパーソナルスマートデバイスをみた。

 キリクのもつそれと連携して、簡易二点測定、そして反響音計算での音響解析を行っていたのだ。これで発射点のおおよその位置を割り出せる。

 計算結果は、左側方、10時の方向を示していた。

 スコープから目を外し、静かに深呼吸をした。

 一度集中のスキルを切る。

 頭のかすかな痛みが緩み、体の疲れが自覚できた。各所の擦り傷や切り傷の痛みも出てくる。

 そして、深く息を吸い、もう一度「集中」した。深く長く、雑音が消えるほどに。

「キリク、奴をもう一度発砲させてくれ」

「こちらも弾が残り少ない。しくじるなよ」

 パーソナルスマートデバイスから頼もしい答えが返る。

 キリクのいるあたりから、女がいるあたりに向けて、さぐり撃ちが始まる。

 三点射でターゲットがいるあたりに打ち込むが、当然キリクは居場所をさらしていた。

 沢渡はライフルを構えるが、スコープをのぞかず、それをじっと見つめている。

 刹那、違和感が生じた。

「スナイパー!」

 叫びながらスコープを向け、のぞき込む。

 スコープ内にあの女。

 だが、女もまたこちらを向けいて、ライフルを構えスコープをのぞいている。

(まずい! 読まれていた!)

 頭の片隅でぼそっと、沢渡自身がつぶやく。

 だが訓練がトリガーを落とさせた。

 スコープ内でも女の銃口が光る。。

 すさまじい衝撃とともに銃が吹っ飛んでいき、顔の右半分と右肩が熱さに包まれた。

 だが沢渡は倒れない。

 手応えはあったが不十分だと感じていたのだ。

 決心は一瞬だった。

(まだだっ!)

 右の視界が赤く染まっている。顔面がひどいことになっているのだろう。

 沢渡はちらりとそう考えた。

 でも狙撃ライフルを失った現状では、彼女にもう狙撃戦で勝てない。

 だから、しびれる右手でパワードマシンピストルをなんとか引っ張りだし、左手に握り替え走り出した。 

 スナイパーのまねごとの時間は終わり。

 赤い右目の視界で女のシルエットがゆらりと立つ。その左奥に草むらから顔を出したキリク。

 女のごついライフルは壊れていた。

 走りながらパワードマシンピストルを構えた。

 引き金を引くと、手になじんだいっそ心地良いといえる反動が来る。

 一発手応えがあったと思った瞬間、頭に衝撃が来て、沢渡は吹き飛ばされた。



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