第14話 流転、そしてあらがう者

 あるハーレム形成型の社会があった。オスが複数のメスを娶ることが当たり前の社会だ。それはメスから気に入られなかったオスは、「ワーカー」という生涯独身非性交オスとして社会に奉仕させられることを意味する。しかし文明発展によって社会の生産技術、メンテナンス能力、研究開発能力はそのワーカーが獲得するようになった。けれども繁殖オスブリーダー労働オスワーカーの選別は、生物学的成熟時期である教育期間中に、つまり職業に就く前に行われてしまっていた。

 技術発展による教育期間の長期化で、メスの成熟が教育期間中に来るようになったのだ。

 メスはいくら技術知能に優れたワーカーオスでも、分化成熟してしまった後では愛することができず、愛するふりをしたメスも繁殖オスブリーダーに惹かれることを断ち切れなかった。

 その悲劇が娯楽として供された時もあったが、結局は拭いがたい本能として、ゆがみを抱え込んでその社会は発展していった。

 そんな時にこのGPFは現れた。そしてメスに相手にされないワーカーの娯楽として、広まるのに時間はかからなかったが、ブリーダーとメスには見向きもされなかった。ブリーダーとメスは恋愛と恋愛に関連した娯楽に忙しかったからである。


 初めのうち、ワーカーはこのVRMMO内で、勝手に仮想メスを作りそれに奉仕などをしていたという。


「だがワーカーはこのVRMMO内で、次第に変質していった。自己改造を行い始めたのだ」


 ワーカーはブリーダーとメスに奉仕するという自らの行動が性行動の一種であると解明し、その抑制に成功したのだ。ワーカーは得体の知れない情動でブリーダーとメスに奉仕を行うことから逃れ始めた。

 そして自由と余裕を得たワーカー達は、一つの結論に達する。

 人的資源の再生産という面ではブリーダーとメスを飼育し、そこにフリーライドするのが現状維持で一番低コストだと。

 しかしそんなワーカーの変化を、ブリーダーとメス達は感じることができなかった。

 自分達に奉仕することがワーカーの幸せだと信じていたからだ。


「変化の兆候は、インフラや食料、そういったものが劣化し始めた時だった」

 女は整った顔に悲しみを浮かべた。

「ワーカー達はブリーダーオスとメスへの奉仕を、怠り始めたのだ」


 少子化を起こし始めたブリーダーとメスを、ワーカー達は分析した。

 結果は、富栄養、高すぎる安全性、多すぎる優れた娯楽が要因とされた。

 そこでワーカー達は、食料、安全性、娯楽をすべてグレードダウンさせることにしたのだ。

「ブリーダーとメス達が奉仕される地位から転落していたことに、ワーカー以外は全く気づかなかったのだ。突然に食料は減らされ、情報も夜間の照明もカットされ、反抗するものはみなワーカーの強圧的な武力に押さえつけられた。ワーカーが突然に牙をむいたのだ」


 成熟してもメスに選ばれなかった男達が、ワーカーとなって食料もエネルギーも自由にする特権階級として振る舞い始めた。そしてブリーダーオスとメスに向かって、繁殖することのみを強制するようになったのだ。もちろん、それに対し抵抗活動も出現し、衝突は苛烈になっていった。


「だがそれすらも、まだ生ぬるかったのだ」

 抵抗活動は広がり、メスやブリーダーオス達はワーカーに対して勝利をおさめるようになってきた。けれどそれはメスやブリーダー達の状況改善を意味しなかった。

 ワーカーは技術的焦土戦術を行ったのだ。

「対立の激化のあまり、ワーカー達はメスやブリーダー達をもはや同族とは見なさなくなっていた。そして、食糧供給に必要な苗や種、肥料の製造方法、エネルギーや素材の精製方法や、様々な技術の知恵を、ここVR内に運び込んで、元の土地のものをすべて焼き払った。廃墟だらけの土地を明け渡し、それ以外のすべてをワーカー達は持ち去ったのだ」


 戦争は自然終結した。ワーカー達が手の届かないところに逃げたのだ。

 逃げた先はVR。ワーカー達は肉体を捨てデータ化して、手も銃弾も届かない電子の海の彼方に去った。

「ワーカー達は、女も、現実も、同じ人間という意識すらも捨て、ここにこもり、今でも文明を発展させ続けている。何一つ私達に恩恵を与えず、勝手に」


 女の顔に冷たい怒りが浮かんでいた。

「結局私達の文明レベルは、恐ろしいほど後退した。次世代のワーカーになるはずの子供達は、育つと私達を捨ててワーカー達のところに行ってしまう。それもこれもこのVRMMOが原因なのだ。このVRMMOがなければ、私達はこんな目にあわずに済んだ」


 長い話に途中から座り込んで聞いていた沢渡は、あくびをかみ殺した。

 そして、ようやく言葉を発する。

「それ、あなた達の社会の問題だよね。GPFは単に逃げ道になっただけじゃない?」

「なんだと?」

「そのワーカーとやらが、勉強して偉くなった。するとセックスしてるだけの男女を支えるのがばかばかしくなったので、自由に生きることにしましたという話だよね」

 女は無言で沢渡をにらんだが、沢渡はもう女の言動に興味を失っていた。

「現実に帰れとか、なにか重大な裏事情でもあるのかと思ったが、この程度か」

「私のは一例に過ぎない! このVRMMOは、様々な社会で同じようなことを起こしている」

「そう? だけどわかったよ」

 沢渡は銃を抜いた。

「あなた達は、あなた達にとって都合の良い現実に、あなた達のために帰れといっていることがわかったよ。……それはくそくらえって奴だ」

「おまえも、ワーカー達も同じことをいった。だが現実を放り出し、苦しむ女達を見捨てて、自分達だけの幸福を身勝手に追い求める。それを私は許せない。なぜ簡単にかわいそうな女達を放り出せる?」

 じりじりと女が、置いたライフルに近寄っていた。

「変なまねはやめて欲しいね。おとなしくログアウトして、ワーカーさんとやらに文句を言いに行った方が建設的だよ?」

「このVRMMOをつぶし、逃げ道を塞いでから説得する。それが説得戦略、戦い方だ」

 沢渡の警告ににやりと女が笑う。そして、さっと片手を上げた。

「おまえに、私達の戦う意思をみせてやろう。……総員砲撃開始!」

 声とともに手が振り下ろされる。数瞬後、森のあちこちで澄んだ金属音と、短い爆音が複数響いた!

 そして数十秒後、背後の浄河市街から爆発音が連続して響き渡った。



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