第13話 クロッシングポイント

 数日後


 浄河市南部の森の中を女が歩いていた。

 栗色のウェーブがかった髪、胸も尻もその性を主張して大きく、それを包んでいるのが濃緑色の戦闘服だとしてもなまめかしい。

 顔は女性的であるばかりか、柔らかさと理知的なものを備え、特に知性と成熟の光に満ちた目を、フレームのない眼鏡が覆っている。

 スラムから貴族のパーティ会場のどこでも、好意をかうのはたやすそうな女だった。

 そんな女が戦闘服と、ばかでかいライフルをかついで歩いている。

 森の間からはるかに見える浄河市を、腰から双眼鏡を取り出してのぞく。

 そしてひとしきりのぞくと双眼鏡をしまい、無言で手を振り、前進をうながした。

 彼女の背後から迫撃砲の部品をかついだ猿達が飛び出し、次から次へと森の前方に散っていく。

「まったくあの子はやり過ぎ。だからあんな施設まで作られてしまう。どうしてああいう性格破綻者を使ったのかな。……合図まで待機、いい?」

 女は無線機で猿達に指示を飛ばすと、ため息をついて腰を下ろしたのだった。




「なにが変わったという感じもしないな」

「いきなり秘められた力がーとかじゃないからね」

 同じ頃、沢渡とキリクは巡察警兵浄河市本局へと歩いていた。

 訓練と探索の許可が医者からおりたのだ。戦闘の許可は訓練と探索次第となる。

 キリクは、腕を振り回したり、拳を作ってみたりするが、元よりそんな「チート」ではない。

「集中力アップと性欲抑止だからねー、とても地味だよ」

「これで代金とられたら詐欺疑うところだが、無料だしな。でもこの地味さが本物らしいって感じもする」

 神社本殿の地下には、研究施設が設置されていた。アニメのようだと二人は思ったが、口には出さなかった。

 そこで数日前に沢渡が20分ほどのチート定着処置を受けた。

 そして特に問題もなかったため、ついさっきキリクもチート定着処置を受けて、山から下りてきたところだった。

 処置中の雑談でクラテが語るに、彼はまずはここで研究を始め、成功して下の街に医療センターを開いたのだという。役目を終えたここはクラテの個人研究施設に戻ったのだと。

「まあ、なじむのに少し時間がいるらしいし、集中の訓練に行こうよ」

「そうだな」

 そんな彼らの前に巡察警兵浄河市局の建物が姿を現わすのだった。



 オフロードトライクで南部森林を進み、適当なところで止める。

 沢渡が借りた銃は、狙撃ライフルと護身用のパワードマシンピストル。

 キリクは、光学サイトを付けたアサルトライフルと拳銃だった。

 野外試射の場所で勧められたのが、南部森林だった。

 狙撃銃であるなら、集中力強化のチートは有効だろう。

 沢渡はそう考えてここに来た。

 来る途中で適当な木の幹にターゲットペーパーを貼り付け、そこから少し距離をとって、準備を開始する。 

「治療効いてるんだな。銃を握ると震えたのに、震えなくなった」

 キリクがぼそりという。

「そういえば、あのことをあまり思い出さなくなったし、フラッシュバックも減ったね」

 沢渡は治療をなんとなくうさんくさく感じていたが効いているらしい。

 悪夢を見ても、どこか遠い感じがして覚醒することはなくなっていた。

 ただ、かつてあった自分のみずみずしい心は、つぶれてしまったようにも感じている。

「ま、今は集中チートに集中しよ?」

「ダジャレみたいな感じだな、その言い方」

 キリクはくだらないことをいい笑顔でいった。



 森に単発ずつの銃声が響く。

 銃声でも時間をとって単発ずつではのどかなものだった。

「当たるものだな」

「すごいね。でも集中力の持続はもっとすごいよ」

 狙撃での弾着グルーピングは大きな改善を認めた。けれどもっと大きいのは、それがかなりの時間続くことだ。

 自分の鼓動の音すらも消える集中、それがかなり続き、容易に乱れなかった。集中に入り込むのが格段に楽になったのだ。

 キリクも同じらしい。

「キリク、僕はもうちょっと距離をとってためしてみたい」

「わかった。だけど後少しにしておけ。俺達はまだ病み上がりだ。忘れてるだろうけどな」

 小太りの体が手を上げるをみて、沢渡は狙撃銃を肩にかつぎ、奥を目指した。

 そして、沢渡は出くわしたのだ。

 第二の女と。



 沢渡がとっさに腰のパワードマシンピストルを抜けたのは、体に動作を染みつかせてくれた、NINCRMのおかげだろうか?

 栗色の髪をして眼鏡をかけた女は、長大なライフルらしきものをもっていた。だが構えることはできていない。

 年齢は、20台半ば、のように見える。若くはあるが落ち着きもある。

 切れ長で澄んだ黒い瞳はあくまでも平静。鼻は端正だが主張しすぎず、唇は薄く桜色。その容貌は研究者や秘書のような美しさと知性が両立していることを表すものだった。

 服は、普通の濃緑色の戦闘服だった。胸元は相応に盛り上がっているようだが、特に変わっているというほどのこともない。

 足は戦闘ズボンのためシルエットがわからないが、腰の位置は高く戦闘ブーツをはいている。

「……止まれ。手を上げてもらおうか?」

 これを沢渡がいえたのも、NINCRM補助下での訓練のおかげだろう。

「……抵抗する気はない。話し合いをしたい、プレイヤーよ」

 通りのいいアルトの声で女が答え、沢渡は毒気を抜かれることとなった。


 ごとりと女の抱えた長大なライフルが地面に落ちる

 その上に拳銃が置かれる。

 ボディチェックをしたいところだが、女性に縁がない沢渡には、悲しいかな、そこまでするのは気がひけた。

「プレイヤーよ、これでいいか?」

 沢渡も引き金から手を離し、銃を下ろした。

「ああ。……それで話し合いとは?」

「なぜおまえ達はこのVRMMOにとどまり続ける?」

 女の目も口も、素直な疑問だけがあった。それはまるでこのVRMMOが忌むべきものとでもいうような口ぶり。

「なぜって? なんでもありで自由だからだろ」

「わからないな。現実はもっと自由だ。この中はしょせんは作り物に過ぎない」

「なにをいってるんだ? 金、法律、顔や体力、現実なんてそういうもので縛られておとなしく生きるしかないだろう? もっと自由でもその自由は他のことで制限されてるんだ」

 沢渡は首をかしげた。だが女に話が通じた様子はない。

「この世界の管理者が作ったかりそめの自由を得てなにになる? 無意味だろう? 現実世界で愛する人間を得て、生活を作り上げ、子供を得る。それに努力するのが人の正しい生き方だ」

 女は真面目な顔で言い切った。

 それをみて、沢渡は大きくため息をつく。

「それができればやってるよ!」

「じゃあ、できるまで努力すればいい」

 会話をあきらめたくなる瞬間というものがある。沢渡にとっては今がそうだった。

 正論だけの不毛な会話は、疲れを感じさせた。

 不機嫌さを伴った沈黙が続き、女が微妙な表情をしながら再度口を開いた。

「プレイヤー、おまえはこのVRMMOが、今までなにを起こしてきたか知っているか?」

「知るわけないだろ? チートか? RMTか? 直結騒ぎか?」

「このVRMMOは、少なくとも4つ以上は、高度知性体が作った社会を衰退、混乱させている」

「はぁ?」

 唐突に話が大きくなり、沢渡は理解する前にあきれた。

「このGPFが社会を衰退? 混乱? あのさ、いっちゃ悪いがVRだよ? どうやって現実に大規模に影響出すんだよ? ログアウトできなくなってデスゲームでも始めるの?」

「ログアウトできなくなる? デスゲーム? よくわからないが、私の知っているのではこうだ」

 女は整った顔に疑問の色を浮かべながら、説明を始めた。

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