訪問曲

Lie街

第1曲 さくらんぼ

音和おとかずの部屋にはアーティストが世にはなった曲がよく訪れる。

今日も扉をたたく音がした。

「ハイハイ、どちらさまー?」

扉を開けると、桜の花びらを肩にのっけた青年が立っていた。

「よお!」

はにかみながら少年は言う。リビングに案内すると、椅子に腰かけ目の前のお茶を少しだけ飲んだ。

「そうそう、君がこの前来た時に落としていった手紙があるんだけど…」

音和がそこまで言うと青年が慌てて立ち上がった。

「まさか…中身を見たのか!」

音和がニヤつきながら頷くと青年は顔を赤くして

「あの手紙はすぐにでも捨ててくれ。」と叫んだ。

「素敵な詩だと思うよ、ちゃんと前を向いて歩こうとしてるし。」音和は笑いながら言う。

「いいから、今すぐ捨ててくれ!」

青年がそう催促すると、音和も流石に承諾してリビングを出て手紙を取りに行った。

しばらくして帰ってくると「愛してるはやっぱり偉大だよなー。」とこぼした。

「また、見たなー。」恨めしそうに言う。

「ごめんごめん、でもそうだろう。君の文にも書いてあったし。」その言葉を聞くと青年は照れながら視線を逸らし恥ずかしげに「笑わないで聞いてくれよ。」と言った。

「忘れられない人がいるんだ。彼女は僕の元を去ってしまったけどそれでも忘れられなくて、頭の中には笑いあった日々が混沌と湧いてきて埋め尽くしてしまう。忙しい日々の中で急かされるように飛ばされるように過ぎていく日々の中でも、愛してるの響きを思い出すたびに強くなれる気だけがしてきてさ。きっとそのうちまたあの騒々しい日々が違う形で帰ってくると思ってどうにかこうにか前を向くけど、それでも頭の中はあの日の夕焼けや天の川が流れてるんだ。」

青年が話し終わり音和に目をやると肩を揺らしていた。

「おい!人がまじめに話してる時に…!」

「ごめんごめん、そんなに真面目な顔で失恋の話をされたら…」

音和はなおも笑い続けながら言う

「お前は少年だなほんとに、真っ赤なチェリーだ」

音和はなおもからかう。

「もう帰る!あと一時間後くらいには出勤しなきゃだし、能天気なお前さんとは違うもんでね〜」

精一杯の皮肉をぶつけて鞄を持って部屋を出ようとすると、「愛してるの響きで強くなれる気がした…か」青年が立ち止まる。

「今はそれを目一杯抱きしめればいいんじゃないか、君の言う思い出とか、情景とか一切合切。君がそれらを抱きしめると言うことは君は逆に抱きしめられていると言うことだからさ。」

じゃあなと、音和は眠たそうに手を振った。

「またくるからな。」

青年はポツリとそう放つと玄関の方へ歩いていった。

「あぁ、いつかまたこの場所で」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

訪問曲 Lie街 @keionrenmaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る