変な先輩と遊んだ一年。今思えば

白井玄武

第1話「人生が変わるくらい大きな選択」

 人生は選択の連続で、どこかでたった一つ違った選択をしていれば今の人生はなかったはずだ。バタフライエフェクトなんてどこかで聞いたことがあるけれど、そんな感じなんだろう。

 講堂で授業が始まるのを一番後ろの席でぼーっと待ちながら、ザワザワしている周りをぐるりと見渡す。この一人一人にも膨大な選択があって、その一つでも違えば今のこのざわめきは違っていたんだろう。ちょっとゾッとするくらいに壮大な話だ。けど、そんな事を戯れに考えるのは中学生に卒業した。僕が興味のあるのは僕の人生くらい。勿論、僕の人生にも選択はたくさんあったし、大きな物もいくつかはあったと思う。

「じゃあ、始めます」

 チャイムがなってからようやく現れた教授が何かを話し始めた。いつも通りの退屈な授業らしい。興味はすぐに逸れた。

 さて、この退屈な90分はどう潰そうか。スマホを弄るほどに不良はしていない。ああ、自分の人生のもしもでも考えてみようか。90分で語りつくせる訳もないが、だからこそ存分に時間を潰せそうじゃないか。そうだなあ、物心のついた頃から振り返ってみよう。


 とは言ったものの、正直、小学生の頃の記憶はほとんどない。あの頃の大きな選択なんて、駄菓子屋で如何に100円を上手く使うかとか、やり忘れた宿題をどう言い訳するかとか、そんな事ばかりだった。こんな物は変えたところでどんな人生に分岐しただろう。きっと何も変わってない。

 大きく変わるとするなら、中学受験だ。小さい頃から自分はバカではなかったと思うから、受験をしていればそれなりの所に受かっただろう。そうして中学から全く新しい人たちと毎日を過ごして、そのまま同じように高校生活を送って、今とは違う大学に通っていたんじゃないだろうか。ああ、なるほど、それはとても大きな変化だと思う。

 でも、あまりに大きすぎてその人生の今をそれらしく想像することができない。当たり前か、僕を構成する友人がまるっきり変わってくるんだ。それは最早僕ではない。

 僕は小さい頃から大きな変化を嫌い、平穏無事に生きてきた。そうであれば、こんな事を考えても想像できる自分はいないに決まっている。元からあり得ないのだから。

 だったら、何を考えればいいんだろう。

 ……いや、答えはもともと知っていり。なんせ大学生だ。周りの友人もやれ彼女だのやれセックスだのと騒いでいる。そんな会話には適当に愛想笑いで合わせてきたけれど、今こんな風に「もしも」を考えるようになった原因がそこにある事は自分でも分かっている他にあったはずの選択は僕からはかけ離れすぎているんだろう。けれど、少なくともあの選択肢だけは僕でも違う答えを出せたのかもしれない。

 もしも。

 あの人が卒業する時、違う言葉をかけられていたのなら。


「やあ、私と遊ばないかい」

 高校二年の春、始業式を終えて帰ろうとしていた時に知らない女に声をかけられた。長い黒髪の妙に眼を輝かせた女だ。

「……とりあえず誰でしょうか」

「私? 私は森だ。今年で三年生になる。森さんと呼んでほしい」

「森さん。ええと、なんで僕に声をかけてきたんでしょうか」

「さあ、丁度目についたからと言うより他はない。そういえば君の名前は?」

 どうやら本当に僕の事を知らないらしい。知らない人間に遊ぼうなどと声をかけるものかと恐ろしく思うが、よく見れば爛々とした眼に納得する。確かに、普通の眼ではない。

「僕は都築です。二年なんでそのまま都築で大丈夫です」

「そうかそうか都築か……いや、都築クンの方が呼びやすいな。それより、私と遊んでくれるのだろうか?」

「遊ぶって……今日?」

「いや、今日じゃない。私が卒業するまで、この一年だ」

一年。一年と言ったか。

「受験生だから心配しているのかな? それについては及ばないよ。幸い、私の学力であれば今でも受かるような所に行くことになっている。だから」

「いや、そこじゃなくてですね」

「なんだろう?」

 一年は長いんじゃないかとか、何をするのかとか、そんな野暮な事を聞きそうになった。

 で、やめた。

 小中高、ここまで結構無難に生きてきたと思う。僕と似たような人間なんて量産型のようにたくさんいると思う。

 でも、目の前の森さんはどうだ。僕が絶対に選ばなかったような選択肢を平然と差し出している。それに少し、興味が湧いた。

「森さんと遊ぶのは楽しいでしょうか?」

「——ああ、勿論」

 満足そうに頷いた。なら僕はそれに乗っかるだけだ。

「だったら存分に遊びましょう。気が済むまで」

「よろしく頼むよ、都築クン」

 グッと固い握手。初めて僕が普通ではない選択肢を取った時。

 ああでも、まあ。

 あれこれと理由は付けたけど一番の理由は。

 森さんが自分のタイプだったからだろう。多分。なんとなく。そんな気がする。


「はい、今日はここまで」

 教授の声にはっと気づかされる。ボーッと考えていたからか、殆ど何も進む間も無く考えは終わってしまった。

 とはいえ、大学生には時間は捨てるほどにある。暫くはあの頃に浸っていてもいいんじゃないか。短かったあの一年。楽しかったあの一年。

 今が変わっていたかもしれないあの一年に。

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