玉ねぎ温泉郷の真実
「私の目論見通りだったわけだね! はははのは!」
おどけて笑うアマネの肩に、野沢が手を置く。
「いいからとっととネタバラシしてくれ」
「ええー、アッキーのいけず! 私がもったいぶるの大好きなの知ってるクセに。……まあしょうがないか。時間も限られているしな」
再び声色が真面目モードに入るアマネ。
「それぞれの詳しい説明は省くが、現世という『チャンネル』の外――というより、その先にはいくつもの別世界が存在しているんだ。妖霊界、精霊界、天界、魔界、エトセトラ。……で、その中には認知されていない世界も沢山ある」
「そのうちの一つが、この『時界』だ」
ドワーフがアマネの説明を引き継ぐ。
「ちなみに、この時界は全ての世界線から等しく接触できる。私も元々は精霊界から迷い込んだ一学者だ。精霊界と時界を行き来して、この世界の研究をしている。さらに言っておくが、世界線というのは地球ではない星々も込みだ。これを見ろ」
ドワーフは分厚い日記帳のようなものを投げつけてきた。バサリという音とともに、秋義の胸元に飛び込んでくる。随分と使い古しているようだ。中を開くと、奇怪な文字からどこかで見たことがあるような文字がびっしりと並んでいた。
「十ページ目を見てみろ」
言われた通り十ページ目を開いてみると、そこには普段見慣れている「英語」が記されていた。
「この本は、私がこれまで出逢ってきた者が住まう星々の、主流の言語をまとめた物だ。ここに迷い込んできたヤツにはこれを渡して、知っている語群を見つけてもらう。その言語に合わせて、私が会話をしてこの世界の内容を説明するわけだ」
学者らしく非常に説明が長い。ミカンがくぁあと短くあくびを欠いた。
「ここまでで、察しの良い者は気付いただろう。なぜ私が日本語を話しているのか。その辞書には英語しか載っていないのに、だ」
ここでアマネが顔の横でピンと指を立てる。
「そう。近頃この時界に、日本人ばかりがやってきているということだ」
ドワーフはちらりとアマネを見やる。
「そういうことだ」
彼は彼女のポーズを見習い、同じく指をピンと立てた。真面目な顔をしている二人が同じポーズをするというのは、どうしてこうもシュールなのだろう。滑稽なものが好きなアズサが、必死に両腕で顔を隠しながらくっくと笑い始める。
ふう。と、唸りながらドワーフは腕を組む。
「大方、この『時界』へ訪れるための方法を見つけたのだろう。ここにやってくる者は、これまで私以外において、迷い込んできた者達ばかりであった。というのも、『時界』へ移動する方法は場所によって違うからだ。天気、気温、風量、湿気、特定の成分、時間……エトセトラ。複雑に絡み合う様々な条件を全て満たした時にのみ『時界』の門は開く」
要が顔を上げて「ああ」と声を漏らした。
「きっと玉ねぎに含まれている何らかの成分が関係しているのでしょう。そうでなければ悪趣味な玉ねぎのモチーフも、ネギ臭いだけの玉ねぎをあれだけ浮かべている理由が見つからない」
と、そこで小室が片手を上げた。
「そろそろ本題を聞いても良いか」
「時間がないんだろ」
野沢も痺れを切らして、先を急ぐ。
「そうだな。簡潔に言おう。この時界では、君達それぞれの魂に強く刻まれた過去のどれかを選んで戻ることが出来る。魂だけが過去の自分に戻るため、同一人物が同じ時間軸に存在してしまうという問題は発生しない。……そうだな。試しにそこのお前、何か強く記憶に残る思い出を頭に浮かべてみろ」
ドワーフが秋義を指差す。
「あ? お、おう」
すると、秋義の周囲にシャボン玉のような球体が三つ浮かび始めた。アズサの風呂を覗いている秋義、パンツを被っている秋義、悪ガキからアズサを守っている秋義が球体一つにつき、一つ浮かびあがっている。
「これがお前の戻れる過去だ。他にも強く刻まれている想い出で、頭に浮かべられるものがあれば、それだけ玉も増える」
「マジかぁ」
と、ホクホク顔の秋義に軽蔑の視線が至るところから突き刺さる。
「戻るか戻らないかは、お前らの自由だ。ただし、この時間軸でこれまで生きてきた記憶を引き継いで戻れるかどうかは推定……約半分だ。これまでに複数回やってきた同じ者の統計だから、サンプルは少ないがな。
要するに。記憶の継承に失敗すれば、お前たちは赤の他人になる。覚えていなければ再会しようもないからな。また幸いにも記憶が残っていて、やっとこさ相手を捜し当てても、その片割れの記憶まで残っているかは分からない。自分が憶えていて、相手は忘れているというのは、想像を絶する苦しみだろう。
世界は広い。お前らが今、目の前にいる奴らと互いの名前を呼び合い、笑顔で言葉を交わせるのは一つの奇跡に等しい。それを失う確率は五十パーセント。それだけは胸に留めておくように。戻りたいやつは、もう一度私に声をかけろ。元の世界に戻してやろう」
ドワーフのやけに長い説明に皆は顔を見合わせた。
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