妖怪コンビ御一行
体に走った衝撃はまさに青天の霹靂の如く。突き抜けるような青い空に突如として雷鳴が轟くほどの衝撃。
「こ、こんよくだとぉ?」
「そーなんですよー! いやーまいっちゃうぜー! これでアッキーとほくろの数を言い合える仲になれちゃうわけだ」
「却下だ」
「え? なぜだね明人君。古来より入浴とは、裸一貫で人と人の絆を深く結ぶ高潔なコミュニケーション手段として各地で愛されてきたのだよ? ……それをなんだ! 君は私の純真な想いを、根も葉もない邪な考えで無下に扱うというのかね! テルマエの御業を知れ! 古代ローマに想いを馳せろ!」
「却下だっつってんだろ」
野沢はアマネにサバのストラップを投げつけた。
「あ、サバはダメ」
アマネはこれまでと打って変わって、蚊の鳴くような声を発すると、宙で両手を何度もあたふたと交差させた。バランスを崩したのか、畳の上に仰向けに倒れこむ。
野沢とアマネの二人は、確かな目的を持った上で、この『極楽湯』に赴いていた。
鳴神財閥御一行というやけに金持ちそうな団体名の連中と、旅館入口で顔を合わせてから小一時間が経った時分である。
アマネは畳に寝転がり、祈るように両手を組んで硬直している。
彼女は魚のサバが大の苦手だと思い込んでいた。天狗の父親も嫌いだったのだろう。サバは天狗の天敵だと教わったらしい。
「で、今も妖怪の気を感じるんだな?」
のそりと起き上がるアマネ。
「もうビンビンでござります。ただ、普段感じる気とは毛色が違うのが気になるかな。『これは妖気……!』というより『これは妖気? はて?』って感覚ですな。もしかしたら妖具の類かもしれませんね。いやでも、こんな感覚の妖具なんて今までなかったしなぁ。私にも皆目見当つきません」
「ふうん」
この『極楽湯』へ訪れることになった発端は、やはりアマネであった。
本物の山暮らしを教えてやると、半ば強制で野沢を連れて、人里離れた山奥までやってきたのである。そしてドングリの食べ方についてレクチャーしている最中、違和感のある妖気を感知し、極楽湯へとたどり着いたのであった。
――では、なぜ二人がこんな山奥にそもそも来ることになったのか。
本来であれば、二人は新宿でデートをしているはずであった。全てはフルーツパーラーでパフェを食べた後に見た映画が問題だった。
山に遭難した男女が困難の過程で愛を育み、命からがらに下山するというストーリーなのだが、アマネが事あるごとにダメ出しをした。しかも上映中に、である。
どうしてそこであれを拾わないのか、テグスの作り方も知らないのか、交代制でなぜ寝ないのか……などなど。
山で生活していたアマネからしたら、ツッコミどころの多い映画だったらしい。だが上映中に他人の迷惑を顧みなかったアマネに野沢も憤慨していた。
映画館の扉をくぐった瞬間、口喧嘩が勃発した。
せっかくのデートなのに、この後に洋服をプレゼントするのに。と、初々しい雰囲気もぶち壊されてしまった気持ちも相まって、彼はいつも以上に言葉がキツくなっていた。
アマネ自身も、自分がやり過ぎてしまったことは頭では分かっていた。いつも通り野沢に嗜められてから、謝るつもりだった。
しかし、いつもは踏み込みすぎたアクセルにブレーキを掛けてくれるはずの野沢が、明らかに棘を生やした言葉で責めてくる。普段の包容力溢れる声調ではない。
アマネも野沢と同じく、せっかくのデートなのにという想いを胸に孕んで、彼に対抗した。次第に口喧嘩はヒートアップして、辺りの通行人が止めに入るまでになった。
だが、並大抵の人間が二人を止められるはずもなく、あれよあれよと弾き飛ばされていく。挙げ句の果てには警察が出動する事態まで発展した。
社会的な制裁を怖れた二人は大人しく捕まり、小一時間ほどの事情聴取と注意喚起を受けた。事件性は無いと判断され、解放された頃には二人の怒りも収まっていた。
それから互いに謝罪を交わしたまでは良かったが、アマネは山暮らしについては納得していなかった。どうしても野沢に山について知ってもらいたい気持ちが抑えきれず、急遽として電車に乗って神奈川県の端っこに位置する山へと出向くことになったのであった。
冷静さを取り戻した野沢は、彼女のペースには逆らわない。彼女が楽しんでくれていることが野沢にとっての幸せでもあるからだ。
かくして。二人は一緒に混浴温泉へ向かう運びとなった。
「……まあ。正当な理由があるなら、混浴も致し方ねえわな」
彼の言葉に、アマネがぱちりと目を開けた。むくりと頭だけ持ち上げて野沢を見やる。
一方で、よいしょっと立ち上がる野沢。フェイスタオルを肩に背負い、アマネに手を差し伸べた。
「妖気の正体も行ってみりゃ分かることさ。とっとと正体暴いてデートの続きをしよう。ハンバーグが恋しくなってきた」
アマネはニッと笑い、野沢の手を取って起き上がる。
「私もイチゴパフェが食べたいなぁと思ってたところです」
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