鳴神財閥御一行

「ねえねえ、さっきの女の人すごかったねえ! 兄ちゃん! ねえ!」

「あー、うん。ごめんミカン。俺はずっと地面とお見合いしてたから見てないんだ」

 鳴神財閥御一行様の一室にて。

 ミカンが秋義の背中にまたがり、ぺしぺしと彼の頭を叩いている。その傍らでアズサが心配そうに正座していた。セミショートの髪がしょんぼりと前に垂れている。

「アズサ、もう気にすんなよ。俺はドMだかんね。悔やむべきはみぞおち食らってダメージを受けた自分の体だわ。まさかこんな意外な弱点があるとは。我ながら驚きだった。新鮮すぎてクセになりそう」

「全くもって私はアズサさんの行動心理が分かりません。加減くらいしてあげれば良いのに。私なら痒いところに手が届くようにドM心をくすぐってあげられますよ」

 雪恵が爆弾発言を投下する。一瞬だけ空気がひりついたが、みな頭の片隅で考えていることは同じだったため、話題はすぐにそちらに向いた。

「いかにも……といった印象の支配人でしたね」

 要が口火を切る。

「あれは間違いなく如何わしいことに手を染めている顔だな。きなくせえ香りがプンプンする」と、小室。

「なんというか悪びれていないというか。悪事がバレても構わないのか、それとも絶対にバレない自信があるのか。はたまた本当に悪いことはしていないのか」と、再び要。

 雪恵が腕を組んで唸った。

「敵を知るには敵地に向かうしかありませんね。こうも得体が知れないのでは対策の打ちようがないですし、件の温泉とやらに入浴してみましょう」

「吾輩も入るのか?」

 三毛猫のデストロイヤーが、眉間に皺を寄せて不満げに口をつぐんだ。綺麗な逆三角形を描く口元も相まって、やけに愛らしい表情である。

「あったりまえでしょ! ミカンの傍にはデストロイヤーがいつもいるの!」

「……風呂桶に湯を注いでくれ。そこに浸かる」

 ミカンに頬をすりすりされながら、デストロイヤーはため息をついた。

 秋義たちが特別枠で働いている有害生物駆除専門会社モンスターハントーでは、有害とみなされた生物のその全てを請け負っている。その中には得体の知れない生物なども含まれており、時には地球外生命体や異世界からやってきたとされる生物とも対峙する。

 彼らは今から三ヵ月前に、地球外から逃げ延びてきたというゴキブリによく似た、喋る昆虫に出くわした。その昆虫は非常に特殊な成分を生み出す器官を持っており、成分を体内に注入すると、対象の脳を著しく発達させる効果があった。

 手土産と称して、有無を言わさずその成分を注入されてしまったデストロイヤーは、副作用で巨大化し、街中を暴れ回った経緯を持つ。捕獲されたのち、小室の持つ国家特別認可の生物研究室にて検査を受け、現在ではこうして喋る猫として改めて皆の一員となった。

 秋義達が今回、この温泉に足を運んだ経緯もそこにある。タイムスリップをするという異常現象が、仮に何らかの生物の特異な能力によるものであれば、モンスターハントーの管轄だからだ。

 だがそれも全体的な理由としては二割。皆と小室を動かした理由の残りの八割は、秋義のアズサと一緒に風呂に入りたいという下心からくる温泉旅館へのロマンを熱弁したことであった。

「よし、真相を究明するついでに、アズサの裸でも目に焼き付けますか。なめまわそう」

 清々しいまでのセクハラである。

「の、のぞむところだ」と、アズサ。

 アズサは心中で色んな感情が戦い、顔を真っ赤にした。要するにテンパっていた。

「お盛んだねえ」と、小室。

「アズサさんが落ち着いてくれないとツッコミ役が不在になるので、しっかりしてください」と、要。

「湯けむりに潜む人影には気を付けることね」と雪恵。

「さー行くぞーデストロイヤー」と、肩に愛猫を乗せるミカン。

 デストロイヤーは皆の顔を見回しながら、相変わらず変な奴らだと再度ため息をついた。

 とにもかくにも満場一致した鳴神財閥御一行も、野沢達と時を同じくして、温泉へと足を向けたのであった。

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