自由研究祭

 才能研究。

 野沢先生は確かにそう言った。本当は夏休みの宿題になるはずの自由研究と文化祭の演目をミックスした企画だそうだ。クラス毎の出し物とは別に行うらしい。文化祭は二日間しかないけれど、時間配分とか大丈夫なのかな。

 内容はグループもしくは個人で、自分の才能を全校生徒の前で発表するというもの。ダンス、音楽、ゲーム大会……なんでもござれ。

 緩やかな風が吹いて、朱色に染まった教室のカーテンが揺れる。

 そう。絵でも良い。……良いんだ。

 僕のクラスは結束力がある。案の定、僕以外の人間は皆、それぞれグループを作っていた。個人種目は僕だけである。

 誰も教室にいないのに、くすくすと笑う声があちこちから聞こえてくる。

 ……きっと描いても笑われるだけだろう。全校生徒に笑われるくらいならいっそ、すっぽかしてしまおう。

 僕は机の上に置いた一枚のルーズリーフを、くしゃりと握りつぶした。

 今なら少しだけ、ご飯の味が分かるような気がした。



 五月の中旬。文化祭の準備期間に入った。

「お前、あの新しいゲーム機触った? もしやってないなら超おもしれーからゲーセン行こうぜ!」

 放課後、行きつけの画材屋へ向かう道中で同じクラスの人間をこれまで何人も見てきた。

 自分も人のことを言えないが、グループを作ることが出来て人手のある奴らが、何もしないでいるのか……? 小学校低学年の頃から感じることのなかった感情を抱いた気がした。

「よう、田中」

 と、後ろから声を掛けられた。振り返ると絵に描いたような美人が両手に腰を当てて立っていた。名前を聞けば誰でも分かるバンドグルーブの黒Tシャツを着ている。

「こんなところで何をしているんだ?」

……? 知り合いにこんな美人がいただろうか。

「あの、どちらさまでしょうか」

 すると相手は、大きな胸とともにビクンと肩を震わせたかと思いきや、頭をぽりぽりと掻いて申し訳なさそうな顔をした。

「おっと、わりいわりい。私の名前は……んー……ワザノアキだ。えー、技術の技に野原の野で、技野」

「……」

 非現実的だが、ありえないと思いつつ聞いてみる。

「野沢、先生?」

「なぜバレた!」

「クセとか喋り方とかそのまんまだったので」

 しまったと言わんばかりに、片手の平をおでこに当てる野沢先生。

 ……ふと、先生の後ろに植わっていた街路樹の真上から人が飛び降りてきた。その人物はこちらにキッと顔を向けると、長い黒髪をたなびかせて、猛烈な勢いで突進してきた。

「このすっとこどっこいがあああ!」



「天狗のお父さん探しですか?」

「そうだ。あーいてえ! もう少し優しく貼れよ」

「アッキーは男の子だろ! ちょっとは我慢しろよな! ……あ、今は男の娘か。ぷぷぷ」

「お前、いつか覚えてろよ」

 場所は街から変わって民宿。野沢先生と天狗の娘(?)の女の人が8月末まで寝泊まりしている所だそうだ。

「あーもー。計画狂っちゃったなーもー。バレずに穏便に終わらせる計画だったのになーもー」

 湿布を貼り終えた天狗の娘――山吹アマネさんはそう言いながら、畳の床へと仰向けに倒れた。

「……あの、これっていったい」

「ああ、そうだな」

 野沢先生は腰をさするのをやめて、僕の目をまっすぐと見つめた。

「これから話すことは冗談でも俺の頭がイカレてるわけでもない。ちゃんとそれを理解しろ。良いか?」

「はい」

 もとより僕はこれまで何も感じない生活をずっと送ってきている。怖いものなんて何もない。

「よし。では話そう」

 野沢先生から聞いた話は、僕ら現代社会に生きる人間ならば誰もが目を疑う内容だった。

 天狗に育てられて、妖術を身に付けた女の人。妖術の力を引き出して、すごいパワーを生み出すことの出来る野沢先生。二人は七不思議や特殊な力の宿った妖具の噂(悪用されそうな道具なら回収するのも目的らしい)を追ったり、人から依頼される心霊現象の解決だったりで世界中を転々としながら、アマネさんの父親である天狗を探しているということだった。

 二人の力も目の前でまざまざと見せつけられてしまっては、疑うこともできない。

「で、ここからが本題だ。取引といっても良い」

「はい」

「俺がお前を今の状況から救ってやるから、才能研究発表会を成功させてくれないか? お前にしか頼めないことなんだ」

 ……先生は何を言っているんだろう。僕だけにしかできない? 動かなくなって久しい表情筋が、動いてしまいそうだ。

「頼む。俺が男に戻るには、お前の絵が必要なんだ。時間が惜しい。今すぐにでも決めてくれ」

「……僕には、僕なんかには、そんな大層なことできません」

「あ、おい、ちょっと待て!」

 気付けば民宿から飛び出していた。ひたすらバカにされてきた人生だった。親にもクラスメイトにも先生にも。

 ……僕に出来るわけがないんだ。

 人から頼られるなんて、期待されるなんて、生まれてから片手で数える程度しかないのに……!

 民宿にいる間に降った夕立で水溜まりが沢山出来ていた。繁華街の裏路地まで戻ってきたあたりで、背中に何か強い衝撃が加わった。身体が前に押し出されて、大きい水溜まりへと倒れこむ。顎から水滴と滴らせながら振り返ると、そこには神村と取り巻きがいた。

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