アマネ命名:分身毛筆。野沢命名:アバターペン。

 顔を集中的に殴られた。

 散々振り回されて何度も水溜まりに落とされた。どこもかしこも泥だらけになった。感覚はないし、全然これっぽっちも痛くないはずなのに、とても痛かった。息が苦しくなった。

「よう、田中」

 傍に、中腰の野沢先生がいた。さらにその後ろにはアマネさんが立っている。

「痛いか?」

「……わかりません」

「そうか。あいつらのこと見返したいか?」

「……はい」

「よし。その返事を聞ければ充分だ」

 

 

「なんですかそれ?」

 僕はアマネさんの持っている一号の大きな毛筆を指さした。毛先がホウキのように大きく広がっている。

「へっへっへ。よくぞ聞いてくれました! ほらほら持って! すごいよー! 驚きますよー!」

 深夜の美術室。夜の学校って怖いものだとばかり思っていたけれど、そんなことはなかった。

 アマネさんの持ってきたいくつものカンテラが雰囲気を出していて、例えるならば魔法学校のようである。

「よぉく見ててねー」

 アマネさんは僕に毛筆を握らせると、ふぅっと吹いた。すると毛が宙に舞って……毛から毛が噴き出して……カカシみたいな僕の分身が十体ほど出来た。

「……すごい」

 思わず漏れた言葉だった。

「驚くのはまだ早いよー! 目を閉じるのです!」

「え、あ、はい」


 目を瞑ると、それぞれのカカシの視界が浮かび上がった。沢山並んでいる電気量販店のテレビのようだ。すごいとしか言いようのない現象である。

「京都の祇園に行った時にゲットした妖具でねー。便利だからもらってきちった! 名付けて『分身毛筆』! アッキーは『アバターペン』とかいうクソダサいネーミングを推してくるけどな。一人で十人力だし、けっこうなズルだけど田中くん以外はグループだし、大義名分!」

 そしてアマネさんは、にまにま笑ったまま一言付け足した。

「まあ、本当は必要ないんだけどねー」

「余計なことは言うなっつーの」

 先生がアマネさんの頭をぱしんと叩く。

「あー! 私に暴力振ると、身体中の内臓引きずり出すって言ったろ?」

「言ってねえよ。今初めて聞いたわ」

 なんだか分からないが。分からないことだらけだが。

 この二人を見ていると、本当にスゴイことをやれそうな気がしてくる。不思議な感覚だ。

「先生、アマネさん。僕、頑張ってみます」

「おう。頑張れよ」

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