第5話 比喩と暗喩の無限廻廊

鍾乳洞とダンジョンと無人の人工遺跡を進んでいくと、足元の地下水が引き代わりに泥混じりの温水が辺り一面に広がっている場所にたどり着いた。

ここは事前に地図にも書いてある場所だ。

ここには宝玉がよく落ちている。使うとすぐ割れて粉のようになるのだから、宝珠といったってきっとなにかの鉱石か液体状のものが冷えて固まっただけのものなのかもしれない。

泥水の湧き出る大部屋にある宝玉は、暗褐色系。使うとケイ素のようにすぐ砕けなくなってしまうが、持ち運びはできない。効果は24時間。今日は大部屋の奥側に宝玉を見つけたので、温かい泥水の中をかき分け鼻の上まで泥に浸かりながらそれを手に入れた。


まあ、ないよりあったほうがいい。


今日は嫌な日だった。

正確には、毎日が嫌な日だ。亡霊のマントを着ているとそれにおびき寄せられるのか、悪意を持った半透明の人型の生き物がフラリとよってきてオレの体を乗っ取ろうとする。


そいつはとても繊細な生き物のようで、しかも悪意を持っているようには見た目だけ見てもよくわからない。悲しいような、笑っているような、人を小馬鹿にしたような見下したような下卑た表情をしているのにどこか嫉妬しているような。

とにかく、不思議な顔をしてこちらに取り付こうとしてくる。

そいつらにはそれぞれ個性があって、人を見るなりまず弱みがあるかどうかを見ようとしてくる。

そして、弱みがあると見るとすぐに近寄ってきて手を出してくる。細くて華奢で、すぐ折れそうで半分消えそうで、爪の先だけ異様に長い。声は朧に、輪郭のはっきりしない半笑いのような。

一回の攻撃だとダメージは低いのに、長くつきまとわられるとダメージがたまる。

しかもそいつらはすぐ徒党を組む。一体だと弱いのに、数が集まるととにかく凶暴だ。


そういうことが今日もあった。オレにはこの泥水の宝玉が必要だ。

そして、きっとこの書きかけの護符を書ききることができれば、ゴースト達はきっと見えなくなるだろう。



迷路を探索して、さらに先をゆく。

泥湯はとうに引き、またいつもの冷たい水滴が天井から滴るだけの通路に出た。


今日は一つ、いいことを知った。

この異空間には芋虫のような大きな豚がいて、その芋虫豚はオレの地図をよく食ってしまう。

当たり前のことだが、芋虫豚のいるところに近づかないようにすればいいと思いついたのだ。

だが、ここの異空間はどの道がどこへ通じているのかがわからない。昼間の世界で買ったランタンは確かに明るいが、この洞窟を照らせるほど明るくはない。


やる気。やる気の問題か。

糸の切れたからくり人形のような生き物が高笑いをする。

だるそうに地面に倒れこみ、死んだような目でオレを見上げる。

あっちに行けばおまえの芋虫豚が、おまえがくるのを待っているぞ。丁寧に、案内板が打ち付けてある。

誰が書いた道案内板だろう。

そう思って板にランタンをかざしてみた。

見覚えのある筆跡。

迷路の途中で死んでいた、あの少女の文字だ。


あっちの道に行けば、芋虫豚がいる。

こっちの道に行けば、きっと何かがある。だがその道の前には、中身のない、動く大きな首斬り騎士像が立っていた。


進みたくても、進めないのだ。

抜け殻の騎士像は、生きているのか、死んでいるのか、よくわからない。

オレは、あっちに行かないといけないんだ。

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