第3話 むりやり旅立つ

オレの住んでいる部屋は、窓の外が異空間に繋がっている。

寒い夜や、満月の夜、三日月の夜、風の静かな夜、異空間へと続くポータルのようなもの、オレはそれを穴と呼んでいるが、それは内側から生臭く、湿った、獣の吐息のような気持ちの悪い風を内側から吐き出しその存在感をオレに示す。


ああまた穴が開いたのか。

義務感のようにオレは夜になると、穴の中に身一つで入っていく。




オレの住む都というところはいくつもか行政区と法律上の区分で区切られたいくつもの町で作られており、その中でオレが住む所は肥大化した都の人口を養うために皮を埋め立てて作られた新しい区画の片田舎だった。

片田舎とは言っても、町だ。

辺境とまではいかないが都市部から数十キロも離れていない。

町には新しい人たちが多く住み、都の中では珍しく若者の活気が芽生えつつある場所だ。

だがここの行政区は、川を無理に曲げて作り上げられた新しい土地だ。

川の名前はテグール川。船の往来も多く、何百年に一度は大氾濫を起こして周辺を水の底に沈めてきた大きな川だ。


オレはそこに住んでいる。このテグール行政区の中でも比較的治安の悪い地域に片隅にひっそり立つ、中位ほどの高さの丘をくり抜いて作った集合住宅だ。

見晴らしはいい。もともとここは海にも面していて、大昔には船の往来を見るための高台だったそうだ。今はその名残と言えば、この丘の高台以外はすべて低地であること以外何もない。



気がつくとオレはこの丘と低湿地と川の町に住んでいて、オレはオレと言う誰か知らない人間の日常を生きていた。


オレは労働者だった。

都の片隅に住んでいて、その都が日々消費している何かエネルギー的な物を遠くから持ってくる導管のようなもの、それを作ったり直したりする作業員をしていた。

導管の長さはとてつもなく長いし山や谷の上を通すことが多かったので、オレたち人間は空飛ぶドラゴンを使役し彼らに道具を運ばせている。

導管が壊れている場所を探すのにもドラゴンを使う。ドラゴンに乗って、雨の日も風の日も導管伝いに飛び回って壊れた場所を探し続ける。

そう言う仕事は世間の中では珍しい仕事とされていたが、大半の人間はもっと別の仕事をして日銭を稼いでいる。


エルフはいない。オレは見たことがない。いるかもしれないなと思うような廃墟は見て回ったことはあったが見たことはなかった。





という。

そういう記憶を頭の中でぐるぐるさせながら、オレは知らない部屋の中で目を覚ました。

書きかけの写本。本棚いっぱいに乱雑にしまわれた書物。白を基調とした牢獄のような部屋。シンクには洗っていない皿の山。

積み上げられた酒瓶の山。網棚には無駄に多く置かれた武器。磨かれていない鎧。小手。鉄板の仕込まれた靴。


ああ、あの頃はこうやってよく夜の世界を旅して回ったっけと記憶の中のオレがささやく。

それはオレではない、どこか遠くのオレではないオレのような何者かが、あの頃は良かったと囁く。


小さな短剣。

冒険に行くにはこの一振りさえあればいいと本気で思っていた。それも、錆びてもう使えない。


飲んだくれのクソ野郎が一匹どうなろうと、世界は何も変わらない。いっそのことまたいつかのように、世界が、水の底に沈んでしまえばいいのにと思う。




オレは息を深く吐き出すと、なんとか力を振り絞って、窓の外に開かれた江の戸、この世とその先を隔てる間口に、重い足取りを引きずるようにして進んだ。

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