第2話 ナンセンストレイン300km/h
魚から足が生えたらなんというだろう。
魚人? 人魚? いやいやそんな安直な呼び方の動物はいない。じゃあなんて呼ぶ生き物なのかというと、魚から足が生えていようがいまいが、魚は魚だ。
仮にその魚が生やしている足がまるで棒人間のように細長くって、輪郭がぐるぐると動くアニメチックな作り物で、頭にシルクハット、エラの前側に蝶ネクタイ、妙に社交的な態度で足取り軽く時速300キロで山の頂上を走り続ける一辺の長さが400メートル近くはある満員すし詰めのトロッコ列車のその上の、乗客の黒い頭と帽子と黒髪の上をずんずん歩いていって、人間だったら人の頭を踏みつけるたびに「おっと失礼」くらいはいいそうな状況でも川から上がってきたばかりの魚かピラルクーのように不快なゲップの音を車内車外に響かせてどんどん歩いていく。
踏まれる方はたまったもんではない。
どんなに棒のような足と社交的そうな雰囲気の魚だとしても、魚は魚だ。人間の乗っているすし詰め列車に魚が乗っていること自体が大問題だ。
棒人間足の社交的な魚が人の頭を踏みつけてあるく。
そのたびの悲鳴が起きる。
悲鳴のあった方に人間の頭が向く。ゲップの音がする。
満員列車の人間の頭が一斉に動くもんだから、その光景は少しばかり面白いものだった。
でも悲鳴と絶叫の声がだんだんこちら側に近づいてくるので、リトルアリスとしてはそうそう呑気にしていられなかった。
さいわい背は低いので、背の高い人たちの間に立っていても頭ごと踏まれる心配はなさそうだった。問題は、床に置いている革の旅行鞄だ。
カバンがある分だけ車内には人が立っていない隙間がある。もしも、例のあの魚がこちらにやってきたときにこのカバンのあるところをわざわざ歩いていったらどうなるだろう?
ハゲ散らかしたおっさんの頭とか、整髪料をつけたおっさんの頭をぬめぬめの棒人間足の魚が足取り軽く意気揚々と踏み抜いていく。
リズミカルに、モグラ叩きの要領で、ご丁寧に出来るだけ多くのおっさんの頭を踏んでいくようあえて蛇行して。
暇だから梱包材のプチプチを全部潰していくような感じで!
魚の足がずんずんとこちらにせまってくていた。
リトルアリスは震え上がり、旅行カバンを引っさげ急いでその場から逃げようとした。
でも人々は動かない。
すし詰めトロッコの中では誰がどうしようとも人の流れは変えられなかった。
自分一人がどこかへ逃げようとしたって、トロッコはそれを許さない。
時速300キロの木製トロッコはどんどんと先を急ぐ。
リトルアリスは逃げられない。
その後ろからリズミカルな足取りでぬめぬめの社交的な棒人間足の陽気そうな魚がずんずん迫ってくる。
押し合いながら絶叫する人々。魚に踏まれたおっさんが豚みたいな悲鳴をあげる。
罵声ときちがいじみた呪詛の声。
げぇぇぇぇっプ!!! 魚が目を回しながらまた誰かの頭を踏みつける。
ひとつふたつ。
みっつよっつ。
いつつ、むっつ、ななつ。
棒人間足が目の前に迫る。
ごうごうと響く風切り音。
ぱたぱたと風になびく尾びれ。
鮭みたいにとがった口先。ぎょろぎょろと動く魚の眼がリトルアリスの眼を見つける。
ずんずんと歩き続ける足がついに目前にきた。
なのにそいつはいったん人間の頭から丁寧に降りるとアリスの革カバンの上にのって、また歩をすすめた。
一歩目の右足はカバンの留め具の上。
二歩目はカバンの取っ手をアリスの手の甲ごと。
前腕。肘。上の腕。だんだん上に登ってきて胸のあたり。
体を踏み抜いてくる魚の足はリズミカルに、目のすぐ前にぐわっと足裏がせまってきて……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます