第4話「巨乳のリコッタ」
◆第4話 巨乳のリコッタ◆
私は、平凡な父親と平凡な母親の間に生まれた、平凡な子供だった。これといって魔法の才能もなく、普通に農家の娘として育つはずだった。
10歳になった頃、私の胸は急激に成長を始めた。同じ時期に、魔法の才能も開花した。棚の上にある本を取るために高く跳び上がった私を見て、お母さんがひどく驚いたのを覚えている。それからは「魔法の才能を持った者」として育てられ、12歳の時に魔法戦士の訓練所に入った。「巨乳は魔法戦士には不向きだ」とか「魔王の生まれ変わりだ」なんて言われながらも、私は魔法戦士になる道を突き進んだ。幼い頃に見た魔法戦士の戦いに憧れていた私にとって、そんなことは些細な問題だったのだ。
でも……全部間違っていた。私が持っていた「魔法の才能」は私のものなんかじゃなくて、魔王ペコリーノがこの世に蘇るために利用されただけだったんだ。そうとも知らず、私は禁術ディ・オ・ピを使ってしまい、無事に魔王に体を渡してしまった。失敗したなぁ……こんな感覚はいつ以来だろうか。魔法の才能に目覚めて以来、私は失敗らしい失敗をしたことがない。いや、違うか……「魔法の才能に目覚めた」こと自体が失敗だったんだから。
≪まずはブラ神への復讐だ≫
ペコリーノの意識が、私の中に流れ込んでくる。それとほぼ同時に、真っ暗だった視界がわずかに見えるようになった。これは……
私の体が
やがて私の体は雲に到達し、
≪どうやら奴らが感づいたようだね≫
≪えっ?≫
私がその意味を理解するかしないかのうちに、私のすぐ横を巨大な火の玉が通り過ぎた。それが何であるかを悟った時、私は「自分が神に刃向かっている」という現実を自覚した。私はこれからブラ神を敵に回し、かつてのペコリーノと同じ末路を辿るのだろう、と。
ペコリーノは上空から続けざまに落ちてくる火をひらりとかわし、さらに加速して上へと向かう。そうして遂に、私の視界に神々の世界が飛び込んできた。太陽はないのに空が明るく、穏やかな空気に包まれた庭園……その中央にある泉のほとりに、二人の人影が立っているのが見えた。間違いない。あれがブラ神だ。
≪来ましたね、ペコリーノ≫
≪今すぐ深淵にお戻りなさい。さもなければ……≫
二人が同時に手を掲げ、その手のひらから放たれた火の玉が私の横を掠める。
「さもなければ……お前たちブラ神が死ぬことになるな」
そう言うと、ペコリーノはブラ神に接近した。近づいてわかったけど、ブラ神は私たち人間よりも大きい。私が同じ地面に立ったとしても、彼女たちの膝にも及ばないだろう。100年前、ペコリーノはこんな相手と戦ったというのか。
──いっそのこと、ペコリーノに体を乗っ取られた時点で意識が消えてしまえばよかったのにと思う。私はこれからブラ神と戦って殺されるか、もし勝ったとしても魔王として君臨することになる。どう転んでも私にとっては苦痛。どうして私は未だに意識が残っているのだろうか。……いや、待てよ?
ブラ神の放つ攻撃を、ペコリーノはすいすいと避けながら迫ってゆく。私は咄嗟に、自分自身に目隠しの魔法をかけた。
「なっ──!?」
ペコリーノが慌ててその場に留まる。思った通りだ。私はまだ、私自身に魔法をかけることができる。
≪あなた……まだ意識があるのですか?≫
ブラ神が問いかける。これは私に対する問いだろうか。しかし、相変わらず私の体はコントロールを奪われたままで、何も答えることができない。
≪……ならば、こうしましょう≫
不意に私の意識がぐらりと揺れて、視界に光が差す。そうして一番に見えたのは、私自身の姿だった。私の目の前に、もう一人の私がいる。ブラ神の力によって私の体が二つに分けられたのだと、直感的に理解した。
≪あなたに私たちの力と、ペコリーノを倒す使命を与えます≫
ブラ神それぞれの片胸から光の塊が現れ、私の中に流れ込む。そうして注がれた光が、私の両胸に宿ったのを感じる。今の私が持っているのは、ペコリーノが持っていたロマーノとサルドの魂ではない。陽神ブラ・テネーロと陰神ブラ・ドゥーロの力だ。
「……魔王ペコリーノ。ブラ神の命により、あなたに罰を下します」
自身の体に、扱い慣れた肉体強化魔法を施す。全身に力がみなぎり、今までにないほどのパワーが湧き上がってくる。
「くだらぬ……神の力を授かったとはいえ、所詮は小娘。私の敵ではない!」
ペコリーノが私に殴りかかる。が、今の私には十分に見切れる。私はその拳を胸で受け止め、即座に反撃の回し蹴りを叩き込んだ。
「ぐぅっ!」
ペコリーノの体が吹き飛び、庭園の地面に叩きつけられる。そして立ち上がるまでの間に、私はとどめを刺す準備を終えていた。
「グラナ・パダーノ!!」
本来であれば、長い詠唱を要する陰魔法。しかし、陽魔法と合わせることでその詠唱を省略できる。誰かから教わったわけではないが、私の中で確信となって浮かんだ考えだ。
ドン、という空気の振動と共に、私の手から太い光の束が放たれる。ペコリーノはなんとか防ごうとあがいたが、近距離でのグラナ・パダーノに耐えられるはずもなく、断末魔を残してあえなく消し飛んだ。
◇◇◇
≪リコッタ、あなたのおかげでペコリーノの魂を封印することができました。礼を言います≫
ブラ・ドゥーロがペコリーノの魂を収めた黒い球体を差し出して言った。
「いえ、こちらこそありがとうございます。あのまま戦っていたら、私は死んでいたので……」
ブラ・テネーロがにこりと笑みを浮かべ、私の方に歩み寄る。
≪さて、それではあなたをパルミジャーノへ送りましょう≫
「とんでもないです!私は自分の力で帰れますので……」
≪いいえ、それだけではありません。あなたがペコリーノを倒したことを、地上の人間たちに伝えなければなりませんから≫
「えっ……」
≪ふふっ、地上は随分と久しぶりですね≫
≪ええ、人間たちに魔法を与えた時以来でしょうか≫
──これは、私が「救世主リコッタ」と呼ばれ、巨乳が魔王の象徴ではなくなる前のお話。
巨乳のリコッタ ~おっぱいの忌み嫌われた世界にて~ 妖狐ねる @kitsunelphin
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