第65話

 コタツから出ない生活が続いた。

 特にしたいこともなかったし、こうしていた方がいい気がした。死を受け入れられる気がしたのだ。


 「雅人さん夜、何食べたい?」

 「なんでもいいよ」

 

 もう、何もしたくない。

 

 「じゃあカレー作るね」


 僕は仰向けに寝転がって、天井を見る。

 でも、特に何もない。

 ただ、白い天井が見える。

 僕はその何もない天井をただ見つめた。

 陽菜乃のカレーが、作り終わるまで。

 ずっと。


 「いただきます」 


 陽菜乃の作ったカレーを僕は口に運ぶ。

 

 「どお?」

 「うん、おいしいよ」


 僕が言うと、陽菜乃は嬉しそうに笑う。

 

 「よかった」


 僕はもう一度カレーを口に運ぶ。

 普通に、おいしかった。

 じゃがいもの大きさとか、ルーの辛さがちょうど良かった。

 僕はすぐ、完食した。


 「おかわり、いる?」

 「いらない。明日の朝食べるよ」

 「わかった」


 僕はカレー皿を洗って乾燥機に入れて、風呂に入り、そしてまたコタツに戻った。

 まだ八時だったけど、すぐに寝る体勢に入る。本当に何も、したくなかった。


 僕は目をつむり、夢を見る。

 この世界から色が消えた夢を。


        * * *


 そんな怠惰な生活がだらだらと続いた。

 もう、冬将軍もクリスマスも去っていた。

 大晦日は明日、正月は明後日だった。


 つまり僕に残された時間は、今日と明日しかない。もう死ぬんだ。


 僕は軽く絶望しながらも、いつも通りの生活を続けた。何もしない生活を。


 「ねえ、どっか行こうよ」

 

 陽菜乃は朝のパジャマ姿で言った。

 

 「行かないよ」

 「どうして?」

 「いきたくないから」


 僕は多分、まだ生きたい。

 もっと、もっと、生きたい。

 でも、だめなのだ。

 僕は生きちゃいけないのだ。


 「最後ぐらいどっか行こうよ」

 

 僕は行きたい。

 陽菜乃ともっと出かけて、楽しいことをしたい。もっと、もっと陽菜乃のことを知りたい。


 でも、僕は生きたいと思ってしまう。

 だから、ダメなんだ。

 でも、最後ぐらいは──


 「じゃあ明日行こう」


 僕がそう言うと、陽菜乃は笑った。

 緑の光を持つ陽菜乃を僕は好きだ。 

 そんな陽菜乃を守るために、できるだけ生きたいと思わないようにしたかった。


 僕はいつか、陽菜乃を殺してしまうような気がしていた。



ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

説明書 No.65


もう説明なんていらないでしょう。

あなたは、殺すしかないのです。

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