高木浩也の逡巡
青空の下
『一年後、また天国で会いましょう』
家、僕は椅子に座り、机に向かう。
テレビも消して、雑音もない。
本当に死にたくはなかった。
普通に、生きたかった。
結婚だってしたかったし、自分の子どもの世話だってしたい。
何より、お袋を残していくのが心配だった。
……それでも、決めたことだ。
僕は座り直して、筆を執る。
字には自信がなかった。
だからできるだけ、丁寧に書いた。
人生最後。
僕は真剣に、机に向き合った。
ペンだこができても、気にならなかった。
─────『おふくろへ』─────
書き直しや、推敲に手間取りながらも、三時間で書き終わった。普通に、疲れた。
僕は少し休んでもう一枚、紙を出す。
そこに、『雅さんへ』と書いた。
僕を救ってくれた人。
僕はその人に感謝がしたかった。
一度、深呼吸をする。
そして筆を執って、紙を埋めた。
感謝の言葉と、伝えたいことを書いた。
『一年後、また天国で会いましょう』
文末を僕はそう締めくくった。
決して、遺書に書くことではない。
でも、僕は書いた。
ある種、呪いみたいなものだ。
僕はこの一年間、雅さんが人を殺さないことを願っていた。
* * *
天気のよい日だった。
雲もなく、青空で、そして澄んでいた。
こんな日に死ねたらな。
なんて、自殺志願者の声が聞こえて来そうなぐらいだった。
とにかく、空がきれいな日であった。
そんな青い朝、僕はいつも通り自転車をこいでいた。行き先はもちろん会社だ。
時間には余裕があった。
だからゆっくりと、ギア1でこいだ。
街並みも、ゆっくりと流れた。
呑気な朝だな、と思った。
あたりには、人の気配がなかった。
だから、今日死ぬなんてことは微塵も思ってなんて、なかった。
突然、鋭い痛みが背中に走った。
何が起こったか、振り返らなくても分かった。ああ、刺されたのだ、と他人事のように思っただけだった。
僕は力なく、仰向けに倒れた。
死ぬだなと、思った。
想像より遥かにあっけなかった。
それでも、僕は死ねて良かったと思った。
僕は目の前の空を見る。
涙なんて、出なかった。
どこまでも、空は青かった。
これは、僕だけのものだと思った。
だからこの時、人を殺さなくて良かったと、僕は心の底から思えた。
だって、
こんなに青く、澄んだ空が、僕の瞳にきれいに映ったのだから。
「ありがとう」僕は言って、そして死んだ。
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