第64話

 僕は一日中、コタツから出なかった。

 朝から夜まで、ずっと、ねた。


 何も考えたくなかった。

 僕が殺される。

 僕が陽菜乃を殺す。

 残されたのはそのどちらか、だった。


 僕はコタツの上のみかんをむく。

 朝からみかんしか食べてない。

 でも、生きるためだったら、それでいい気がした。

 

 「──事件です。」


 コタツの奥のテレビから、聞こえた。

 聞き慣れたアナウンサーの声だった。

 緊迫した感じが、声色から伝わる。


 「今日の昼、ここで万引きが起こりました。監視カメラの映像によると──」


 万引き、か。

 どうでもいい。

 大げさなんだよ、と思った。


 「これは大変悪質な行為で──」

 

 画面が切り替わり、スタジオには数人の評論家が座っていた。


 「この事件、どう思いますか?」

 

 司会のアナウンサーが聞いた。

 小太りのおじさんがそれに答えるように口を開く。


 「許せない行為ですね。善悪の判断が出来ているにも関わらず、万引きを働いた、ということですから、然るべき罰を受けるべきです」


 当たり前のように彼はそう言った。

 その彼の下には札があった。


  『犯罪心理学者─出口康行でぐちやすゆき─』


 

 「次、山本さん。お願いします」


 司会があて、次は痩せた中年女性が口を開く。


 「私も出口さんと同意見です。万引きは人として、してはならないこと。そんなことも守れないのはどうかしてます」


 当然のように、彼女は言った。

 その彼女の下にも、札がある。


 『女性ジャーナリスト─山本美華やまもとみか─』



 「最後に平塚さん、どう思いますか」


 司会が右端に目を向ける。

 そこには、正義感を醸し出している恰幅かっぷくのよい男がいた。その男が、太い喉を動かした。


 「二人と同意見です──ですが、これは我々の責任でもあります。いち早く、撲滅をさせていく所存であります」


 当然のように、男は言った。

 その男の下にも、札がある。


 『警察官─平塚八弁江ひらつかはちべい─』



 僕はふいに、去年のことを思い出した。

 去年のちょうどこの時期だった。


 悪魔の殺人鬼。

 そんな陳腐なあだなを付けられた、シリアルキラーが現れたのだ。


 そのために、報道番組はいつにも増して、活気づいていた。だからよく覚えている。

 その頃の、評論家の紹介文を。

 

 『殺人心理学者─出口康行─』だったことも。

 『戦場ジャーナリスト─山本美華─』だったことも。

 『捜査第一課─平塚八弁江─』だったことも。

  

 かつて人を殺させないために働いていた人たちが、今はそれを自ら実行している。

 僕はそんな彼らを見た。

 人を殺すことは罪ではないんだ、と思いながら。



ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

説明書 No.64


人は死を恐れ、生を望む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る