日比谷大河の逡巡

世界とボク

 「椎名…ねえ、椎名………」


 何度呼びかけても、椎名は振り向かなかった。ただひたすらに、ボクに背を向けていた。

 ボクを無視してるクラスメイトのように。

 ずっと………


 「椎名、なんで………?」


 訊いたけど、椎名は俯いたまま。

 答える素振りもない。

 生きるために、死んだふりをしている。

 そんな弱い動物のようだった。

 

        * * *


 いつも何か、ボクの世界はおかしい。

 

 友達なのに、無視される。

 不幸があるのに、幸がない。

 生きてるのに、死んでる。


 これは世界がおかしいのだろうか。

 それともボクがおかしいのだろうか。

 

 たぶん、一生、ボクには分からない。

 分かりたくもない。


 どちらにせよ、ボクは相違した世界に生きなくちゃいけない。

 

 「なあ、椎名……」


 言ったそのとき、椎名が椅子を引いた。

 古い椅子が、床とすれて、悲鳴をあげる。


 「……ごめん」


 ボクに聞こえるか聞こえないくらいの声で、椎名は言った。そして、そのまま席を立ち、教室から逃げるように出ていった。


 ボクもそのあとを追って、教室を出た。

 出る途中、同じ中学だった奴に「ストーカー、きもっ」と言われたのを無視して。


        * * *


 椎名は走っていた。

 何か不思議な力から、逃げるように。


 「待ってよ、椎名。なんで……」


 足が遅いボクと、女子の椎名はいい勝負だった。でも、最後は男の体力で椎名に追いついた。気づけば、図書室の前まで来ていた。


 「………椎名、話して。何があったの?」


 ボクは椎名の前に回り込んで、訊いた。

 椎名の双眸は少し、潤んでいた。


 「……ごめん、日比谷くん」


 本当に椎名なのだろうか。

 

 「無視して、ごめん。けど……」


 これが、前までの椎名なのだろうか。


 「けど、日比谷くんが悪いんだよ…」


 今の椎名は一体どこにいるのだろうか。


 「もうちょっとさ、まともになろうよ」


 ボクは今、だれと話しているのだろうか。


 「そうしたら私……」


 ボクがいる世界ってなんなのだろうか。


 「君みたいな変な子と、話してあげる」


 

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