高木浩也の逡巡

世界の色

 僕は護身用のナイフを捨てた。

 殺さないなら、いらないものだ。


 『殺し合ってあってください』


 そう男は言ったけど、未だ殺人が行われている様子はない。怯えている人はいるけど、殺気を向ける人は僕が見る限りいない。


 これなら死なずに済むかも。


 緑は殺すことも殺される可能性もあると、男は言った。だから死ぬことも少し、覚悟していた。でも、大丈夫かもしれない。


 みんなだって、人を殺したいなんて思わないだろう。


 僕はそう思い、安心して街を歩くことができた。時折、後ろは気になるけど、僕はいつも通り歩くことができた。


 でも、そんな時期は一瞬だった。


        * * * 


 目の前に死体がいた。

 腹部を刺され、顔を歪め、道路に仰向けに倒れていた。若い男だった。


 そんな異様な光景を受け入れられず、僕は立ち尽くしていた。何も、できなかった。


 僕は混乱しながらも、Twitterを開いた。


 ─やべー、人死んでる

 ─なんで急に? ヤバない

 ─青い少年が殺してる

 ─マジかよ、死にたくねぇ


 僕は下にスクロールする。

 でも、ほとんど同じ内容だった。


 ─みんな殺さないでよ

 ─殺人とか人間じゃないよ

 ─殺す奴とかマジ引くわ

 ─さいてー

 ─青いやつ子どもだわ


 つまり、青い少年が起こしたものなのか。僕らを殺して、煽っているのだろうか。

 そう、僕が思案していると、電話がかかってきた。雅さんだった。 


 『もしもし、高木?』

 

 雅さんは慌てていた。

 きっと目の前の死体と、関係があるのかもしれない。僕は直感でそう思った。

 

 『今、何か異変があるか?』

 「道路に死体がいます」

 『何が起こってるんだ?』

 「Twitterによると、青い少年がいろいろなところに出没して殺してるみたいっす」


 僕がそう言うと、納得したように雅さんは電話を切った。何が起こっているのかよく分からなかったが、きっと雅さんは分かったのかもしれない。


 僕は警察を呼んで死体の処理を頼んだ。


        * * *


 その日以降、人が嘘みたいに死んでいた。

 

 石を投げれば死体に当たる。

 そう言われても、冗談だとは思わない。


 そのくらい、世界は変わっていった。


 それでも僕はいつも通り、会社に出勤した。護身用のナイフもなく、抵抗する術もないけど、そうした。


 雅さんと同じ、

 殺さないという信念を持って、

 僕は生きていく。そう、決めていた。


 たとえ僕がすぐに、殺されたとしても。

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