第59話

 遊びを終えた後、僕らは家に帰った。


 家というのはもちろん陽菜乃の家で、陽菜乃は普通のマンションに住んでいた。


 「汚いかもだけど、どうぞ」


 そう陽菜乃は言ったが、家の中はきれいに整頓されていた。唯一散らばっていたのはパソコンの周りだった。きっと、仕事の物だろう。


 「雅人さん、先にお風呂入っていいよ」


 何やら慌てて片付けている陽菜乃に言われ、僕は少し躊躇いながらお風呂に入る。人の家のお風呂ってなんか入りづらい。


 「家ないならうち来てよ」


 そう数十分前に言われ、いま僕は陽菜乃の家にいる。公園で寝ようと思っていたからもちろんありがたいのだが、少し申し訳なさがあった。


 「雅人さんに来てほしいんだ」


 陽菜乃に言われた言葉を反芻して、僕は思案した。僕は陽菜乃と、どういう関係になりたいのか、分からなかった。


 シャンプーボトルを押して頭を洗う。

 石鹸を泡立てて身体を洗う。

 そして湯船に浸かる。


 その一連の動作を終えて、僕はお風呂からあがった。思案していた答えは出ないままだった。


 「お風呂どうだった?」

 「気持ち良かったよ」

 「それは良かった。じゃあ、私も入るね」


 僕は、ぼうっと陽菜乃の姿を見送る。

 それでも、やっぱり答えは出なかった。


 手持ち無沙汰になった僕はおもむろにテレビを付けて、ザッピングした。


 『昨日行われた内閣し……』

 『今日紹介するのはこちら! 万の…』

 『押すなっ……』


 つまらない。つまらなかった。

 『人殺し』の全てがつまらなかった。

 どうしようもなく受け入れられなかった。


 僕はテレビを消して、時計を見る。

 時計は『四時四十四分』を指していた。


 不吉だな。

 僕は日本人らしく肌寒さを感じる。


 「雅人さん、どうしたんですか?」


 風呂上がりの陽菜乃がパジャマ姿で、僕を見ていた。僕は首を振る。


 「いや、なんでもない」


 不吉なことを話しても良いことはない。

 僕は適当にごまかして、陽菜乃を見る。

 

 「陽菜乃はこれからどう生きるの?」

 「どうって……雅人さんと生きる」 

 「でも、僕は死ぬよ。あと半年で」

 

 僕が死んだら、陽菜乃が死んだら、僕たちはきっと何を支えにすればいいのか分からなくなる。それは僕にとっても、陽菜乃にとっても、良くないことだ。


 「雅人さんが死んだら、私も死ぬ」

 

 陽菜乃は平然とそう言った。

 なんの抵抗もなく、むしろそれを望んでるようにも見えた。


 「僕は陽菜乃に死んで欲しくない」

 「なんで?」

 「陽菜乃が……大切だから」

 

 僕が言うと陽菜乃が笑った。

 

 「ふふ……分かったよ。私は死なない」

 「………よかった」

 「でも、代わりに私のお願いを聞いて」

 「いいよ。なに?」


 訊くと陽菜乃は照れくささそうに笑った。

 その仕草は普通に可愛いかった。


 「今日は私と一緒に寝てくれる?」


 僕は思案することを諦めて、素直に頷いた。僕たちの関係なんて、考えなくてもいつか分かる。そんな気がした。



ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

説明書 No.59


平和な世界なんて、きっとどこにもない。

 

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