もしかして …


ルーキーの同点ホームラン。

そして京川のツーベース、水野のタイムリーヒットで逆転 ……それは理想的とも言える展開になるはずだった。

しろくまが最も勢いづく最高のシナリオ …それをマトリックス守備陣が叩き潰した。


さすが王者 …としか言いようがない。



そして7回表。


王者の攻撃は4番葛城から始まる。

ピンチを凌いだ直後に登場した国民的英雄。

さらにオルランド、マルチネスと怪物が続き …打撃好調の加治川が控える。


ストレート主体、初回からエンジン全開で飛ばして来た草薙には酷な打順の巡り合わせだ。

まさに疲労のピークで迎える正念場。


しかし、草薙のピッチングは大胆かつ冷静だった。

ストレートを封印、一転してスライダー中心の配球、追い込んでからの高速スプリット。

コースもキレも完璧だった。

ストレートで押しまくっていた残像が、最強打者の感覚を狂わせたか。


4番葛城をショートゴロ、5番オルランドを三振に打ち取る見事なピッチングを見せた。


しかし、それに即対応するのがマトリックス打線。

6番のマルチネスが高速スプリットを完璧に捉えた。

レフト線のツーベース。


ツーアウト二塁。

ここで前の打席でホームランを打ってる、絶好調の加治川。


しろくまは加治川を歩かせる選択。

 

申告敬遠で、ツーアウト一塁二塁。



8番、マトリックスの曲者繁宮。

 

佐久間監督代行がダグアウトから出て来た。


「交代ですかね ?」


俺は深町さんを見た。


「草薙は十分役目を果たしただろ。しろくまが唯一勝てる展開に持ち込んだ。あとは通用しそうなピッチャーを細かく繋いで、最小得点で逃げ切るしかない。ただその得点が問題だがな」


深町さんはそう言ったまま黙り込んだ。


・・・確かに


しろくまはこのシリーズ、マトリックスの投手を誰一人として打ち崩せていない。

北見、伊勢谷、袖崎、ハミルトン、千堂、マザラ …鳴沢の後、誰が出て来ても点が取れるイメージが湧かない。


カメラがブルペンを出る月島瞬を映し出していた。


やはり交代のようだ。


マウンドで月島を待つ草薙に対して、スタンドから割れんばかりの拍手が送られていた。


さすが球界のエース。


スタンディングオベーションの中、草薙がマウンドを去った。


そして注目のリリーバー。


月島は第3戦、延長15回の激闘を制した試合で先発、5イニング無失点だった。

このシリーズ、マトリックス打線に通用した数少ないピッチャーの一人。



ツーアウト一塁二塁。


熱投のエースから引き継いだ緊張のマウンド。

このピンチに月島は高速スプリットを連発。

繁宮から見事三振を奪う。

主審のコールに京川が渾身のガッツポーズ。

まさに一球入魂を思わせる気迫のピッチングだった。



7回裏


マトリックスもピッチャーが代わった。


千堂宣之。

えげつないスライダーを持つ速球派。


このシリーズ、しろくま打線は千堂のスライダーをまったく打てていない。


この回の先頭は4番中江。

キャプテン中江も守備ではいいところを見せているが、バッティングは絶不調。

ここでも千堂にストレートで、簡単に追い込まれた。


1 - 2からの4球目、決め球はやっぱりスライダー。


中江はそのスライダーを、バットを放り出す感じで当てにいった。



ん ?


ライト葛城の背走。


「おおおーっ !」


深町さんの声。


これがライトスタンドまで届いた。


スタンドの響めき。


なんとホームラン。


アナウンサーの絶叫。


テレビの音声がヒビ割れた。


しろくま勝ち越し。


中江は一塁ベースを回ったところで、両方のこぶしを抱きしめるようにガッツポーズ。


そしてベースを一周して戻ってきたキャプテンを、しろくま達は大騒ぎで迎えた。



待望の追加点はホワイトベアーズが取った。



もしかして ……



勝てるのか ?

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