犬と戯れている男
スイフトスポーツのナビには、マンションの4分割映像が映っていた。
結局、蓮見健一郎も巻田も、昨日今日と動いていない。
それは島がラインで教えてくれていた。
二人ともまだ本庁だ。
今日、朝いちの会議に出席していたらしい。
ただ、二人以外の人間が動く事だってあり得る。
だから映像の監視は怠れない。
「主任、お昼はどうされます ?」
梨木がさり気なく訊いて来た。
「いや、メシはいい。まずはすぐにでも連絡を取れるようにしたい」
「・・・はい」
・・・
「梨木もお昼まだったか ?」
「まだですけど、平気です」
顔が引き攣っているように見えるのは気のせいか ?
「・・・そう言えば、梨木はオートファジーだったな。何ならコンビニにでも寄るか」
「いえ、昨夜遅かったんでまだ16時間経っていませんし ……そもそもそんな気合い入れて実践しているわけでもないんです ……それに仕事が忙しくて朝も昼も抜きなんて事も珍しくないですからもう慣れました」
「だけど、毎日16時間の断食ってツラくないか」
「朝食を抜くだけの事ですから、そうでもないです。今までだって食べない朝ってありましたし、毎日じゃありません。昨夜みたいに仕事で遅くなれば、16時間も経たずにお昼食べますし ……そんなガチガチに実践しているわけでもないんです」
「・・・じゃあ用事が済んだら、思いっきり食おう」
「はい、楽しみです。この期待高まる空腹感 ……これがいいんです」
梨木が嬉しそうに腹を擦った。
・・・ポジティブか
俺たちはしろくまの球団事務所に向かっていた。
とにかく久住GMと連絡を取り合いたかった。
だが俺は今、スマホがない。
昨夜、車の中でPCと一緒に破壊された。
これが想像以上に痛かった。
久住GMの携帯番号が分からない。
トシにでも訊きたいが、スマホがないとトシの携帯番号すらも分からないのだ。
もし、久住さんが俺に連絡しようとしても継がらない。
千葉監督との話で何か異変が生じても、このままでは知りようもないのだ。
結局、ホワイトベアーズの球団事務所まで行く事にした。
捜査協力のお願いという形で、梨木の携帯番号を久住GMに伝えてもらう。
公で動けない今はそうするしかない状況だった。
車が浜名バイパスを抜けた。
すぐに南洋市に入った。
あと15分ほどで着くだろう。
梨木のスマホを借りてラインを開いた。
昨夜の顛末は、梨木がシマーズのグループラインにマメに発信していた。
“ 大怪我ですが、袖原班長にお姫様だっこされて苦笑していましたから、命に別条はなさそうです ”
最後にこんな恥ずかしいメッセージが発信されていた。
“ 蓮見泰嗣が都内の病院に入院 ”
これはジョーからの情報だ。
喬太郎が拘束された事をもう掴んだのか。
雲隠れってヤツか。
こういうヤツほど逃げ足が速い。
青木ヶ原偽装殺人は元々、検察や公安がずっとマークしていた重大事案だったらしい。
検察にも蓮見泰嗣を追う側と蓮見に靡く側とがいた。
蓮見側が来橋教授を逮捕した事で、追う側も一気に検挙に動き出した。
蓮見喬太郎や二人の殺し屋の行動確認はずっとしていたのだ。
公安が行確していた蓮見喬太郎一味が、南洋市内のコンビニで車を乗り捨て、レンタカーナンバーのカローラに乗り込んだ。
照会してみると、カローラをレンタルしたのは、謹慎中の南洋署の刑事だった。
野館はすぐに以前部下だったマッサンに状況を確認した。
市内を巡回中だった綱海のスカイラインと梨木のスイフトが野館と連携しカローラを追った。
昨夜の流れはそんなところだろう。
野館の異動先が公安だったのには驚かされたが、よくよく考えてみれば適任のような気もする。
「俺も袖原の事、誤解していたようだな」
「はい ……私もです」
梨木が俺の嗄れた呟きにすぐさま反応した。
「主任が殺されるかも知れないって知った時の袖原班長の迫力、ホント凄かったです。尾行に気づかれても構わないから絶対に見失うなって」
「上司を平気で病院送りにするような部下なのにな ……」
車は白瀬川の堤防を走っていた。
幹線を走るより、ここを抜けた方が球団事務所までは確かに早い。
梨木も南洋市の道路事情をだいぶ把握してきたようだ。
ちょっと驚くほどの赤とんぼの大群だった。
蜻蛉が舞い交う秋の河川敷。
その長閑な風景が、この傷だらけの心身を少しだけ癒してくれるような気がした。
「あれはビーグル犬だな」
河川敷で犬と戯れている男がいた。
ボールを投げて遊んでいた。
「あっ、ホントですね。あれミニビーグルです。子供の頃ウチでも飼ってました。ボール遊び ……ワンちゃん、すっごく嬉しそうですね」
「ありゃ、犬のボール遊びって言うより、飼い主の方が遊ばれて…………………あれ ?」
・・・まさか
「梨木っ、ちょっと停めてくれっ !」
「えっ ? どうしました」
・・・何やってんだ
大沢 ?
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