オフホワイトのビートル


翌23日。


千葉監督が福岡から帰って来る。


千葉がマンションに入るその時、何としてでも同行する。

元々、それしか方法がなかったのだ。


昨夜の件、富士宮署が確保した三人の正体も、拘束した理由も公表されていない。

それもすべて千葉洋平に知られないためだった。

自分の望む通りにならないと、奴は何をしでかすか分からない。

被害者がさらに危険な目に遭うかも知れないのだ。


蓮見喬太郎の闇の商売も、あの二人の殺人も、健一郎と巻田の隠蔽工作も、蓮見泰嗣の関与も千葉洋平の逮捕も …立件なんて後の話だ。

まず、国仲美摘さんを救出する。

すべてはそれからだ。



お昼前のこの時間、食事の準備もあり病院中がきっと忙しいはずだ。

この時間まであえて待った。


マスクをして、着替えを片手に病室を抜け出した。

自然に振る舞えば問題ないはずだ。


トイレの個室で着替えた。

こんなの病室で看護師にでも見つかったら、すぐに担当医が飛んでくるだろう。

それこそ袖原が言ったようにベッドに縛りつけられてしまう。


病室は三階だった。

もっと上の階ならエレベーターを使ったが、この程度なら右足だけで充分だ。

手摺りで支えて、ゆっくりとリズミカルに階段を下りた。


松葉杖は病室に置いて来た。

左足を守るための松葉杖だが、アルミパイプを握るための左手が使えない。

左足を着くより、左手でパイプを握る方がはるかに痛かった。

何せ甲の骨が2本断ち切られていた。


左太腿のハムストリングスには穴があいていたらしいが、骨や腱に異常はなかった。

傷口を処理してテーピングで固定してあるので、よほど激しく動かない限り出血する事もないだろう。


最後に撃たれた左の肩もかすり傷だ。

肉が抉れていたらしい。

今もここが一番ズキズキしているが、特に問題ないだろう。


喉は皮膚が10センチに渡り裂けていて、ふた針だけ縫ったが浅い傷だ。喉骨は一部陥没しているらしいが動くのに支障ない。

うまく声が出ないが、動き回っても死ぬ事はないだろう。


病院のエントランスに出ると、黄色い車が現れた。


今朝、出勤前に見舞いに来た梨木にこの時間の迎えを頼んであった。

今日、梨木は体調不良を理由に会社を休んでいる。

こんな事ばかりしていたら、梨木の昇任話もなくなるかも知れない。

俺は結局、梨木を頼ってばかりのような気がするが、とにかく今日 …被害者を救い出すまでは、遠慮なんてしている余裕もない。


ピョンピョンと飛んで助手席に乗り込んだ。



「悪いな」


情けない嗄声だった。


「本当に動いていいんですか ?」


「問題ない。とりあえずここからすぐ出よう」


「はいっ」


梨木がすぐにハンドルを切った。


通りに出る時、オフホワイトのビートルが病院の駐車場に入って行くのが見えた。



・・・祥華


見舞いに来たのか。



俺は ……



「しろくま、凄いですね」


梨木が明るい声を出した。


・・・


「しろくま ? ……がどうした」


「あれ、知らないんですか。昨夜の試合を」


「試合 ? ……まさか」


「はいっ、第5戦勝ちました。また南洋に戻って来るんですよ」




・・・そうか



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る