お姫様だっこ


目が霞む。


口を大きく開けて何度も喘いだ。


うまく呼吸が出来なかった。


喉が潰れたか。


左手から血が滴っていた。


左肢もどす黒いものでびっしょりだった。


両膝も両肘も肩も、動かすと痛い。



・・・これじゃあ気絶も出来ねーな


ヤバっ


右手に銃をぶら下げた若造がゆっくり近づいて来た。

相変わらず無表情 ……いや目が据わっている。


・・・不気味なヤツ


尻を引きずるようにして木の陰に身を隠す。

それだけで頭頂から盛大な汗が吹き出した。


ズルズルと動いて木に背中をつけた。

根元の石ころが手に当たった。

10センチ大ほどのそれを咄嗟に右手に握り込んだ。



・・・まだ動けるか


動けるなら動ける内に躊躇せず動く。


右足をしっかりと地につけ、力を溜めた。



またさっきの植え込みに向かって跳んだ。


あまり得意じゃなかったジャンピングスロー。


空中でしっかりと狙いをつけ ……


・・・90パーのストレート



“ クシャ ”


撃たれた。


耳元に熱が奔った。


すぐに左の肩が痺れた。



植え込みに落ちる寸前 ……


右腕を力まずに振り切った。


狙い通りの球道。


礫が若造の顔面を捉えた。


植え込みに落ちた。


“ うぐっ ”


落下ダメージがヤバ過ぎた。



・・・もう動けん




「動くな !」


えっ


突然の足音。


かなりの人数。


降って湧いた異常な喧騒。



「蓮見喬太郎、他1名確保 !」



・・・



「こっちも確保した」



・・・




「相変わらず凄いな、タカさんは」



えっ ?



植え込みの中でひしゃげた俺を見下ろす影。



「狂犬病も末期症状だな。こりゃ」



・・・野館



「班長」


何とか嗄れた声を出した。


「はははっ、それは管理職から逃げ出した俺への嫌味か」


「えっ ? どうして ……」


「とりあえず動くな。すぐに救急車が来る」


「奴らは ?」


「三人とも確保した。悪いが貰って行くよ。富士宮署がずっと追ってた獲物なんでな」


「獲物 ?」


「青木ヶ原の偽装殺人は、ウチが長年内偵を進めて来た最大事案でな。蓮見喬太郎を挙げる事は富士宮の悲願なんだ ……おっ、怖いのが来たぞ」


えっ ?


野館の顔が消えた。


突然、凶暴な手が俺の両脇を掴んだ。


ひぃ


瞬時に身体が浮いた。



「服務違反にもほどがある」



・・・袖原



お姫様だっこ ?



すぐ近くの顔がニヤッ笑った。



・・・目は笑ってねー



「あんたの事、いろいろ誤解してたようだ。だが、組織には組織の正義もある。今後、それを蔑ろにする事は俺が許しませんよ。下村さん」



救急車が到着していた。


運動公園の駐車場にはいつの間にか10台ほどの警察車両が並んでいた。

その中、ひと際目立つ2台の車。


ディープオーシャンブルーのスカイライン。

運転席に綱海、その横には白石が座っていた。


そして黄色いスイフトスポーツ。

助手席で笑顔を向けるマッサンの横で、梨木の切れ長が俺を睨みつけていた。


ここに来るまでに俺を励ましてくれた2台。



“ 仲間が助けに動いてくれている ”



“ 仲間が蓮見喬太郎を捕まえてくれる ”



だから俺は、木に突っ込む無謀にも躊躇しなかった。



「動けないように縛り付けといて」



袖原はそう言って、救急車に俺を放り込んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る