最後のマウンド
「もう写真を貼ったり、盗撮紛いの行為も決してしません。お騒がせして申し訳ありませんでした」
白井がおもむろに頭を下げた。
「えっ ?」
「それを言いに来たんでしょう ?」
白井が気不味そうに笑った。
「あ、いやっ」
「あなたは変わらないですね。今も昔と同じ一本気な目をしておられる ……あの時、あなたは肩を壊してピッチャーが続けられなくなった。私と同じです。レベルは雲泥の差でしたが、とにかくあの時からあなたに自分を重ね合わせるようになったのです。
あの当時あなたからはたくさんの勇気を貰いました。今思えば、あなたの周りは天才だらけ ……その中であなたは怪我を乗り越えて見事にチームを引っ張っていった」
「いや、そこまでの ……」
盛ってねーか ?
「私は今も忘れられません。南大がリーグ初優勝を遂げた浜松体育大戦、あなたの最後のマウンドを。ピッチャーを断念したあなたを胴上げ投手にする為に、チームメイトが必死に守り切ったあの9回裏。あの水野が大沢が西崎が ……いやベンチもスタンドも、あなたの最後のマウンドを全員で盛り立てた。
そしてあなたはそれに見事に応えた。150キロのスライダー ……最後のバッターを三振に打ち取ったあのボールは今も鮮明に目に焼き付いています。
マウンドを下りたあなたは、その後バッターとして見事に甦った。そして大学チャンピオンにまで駆け上がった。
あの時期、私にもいろいろな事があった。妻を亡くしたのもそうだし、娘を嫁に出したのもそうです。部下の横領事件なんかもあった。わたしはあなたの活躍を励みに定年まで歯を食いしばる事が出来たのです。
私はあの時、ゴミ収集場に何度も火をつけ、その都度、町内が騒然とするのを見て昏い悦びに浸っていました。警察に疑われても、最後までしらを切り通そうとしていました。
でも私の前にあなたが現れた時、下村貴史と書かれた名刺を見た瞬間、あのスライダーを思い出した。
“ 私はいったい何をしているのだろう ”
あの時、我に返って呆然としました。だから出頭したんです。私の目を覚ましたのはあなただったのです。結局は精神鑑定で鬱病とやらが認定されてしまって不起訴。牢屋にも入れてもらえませんでしたがね。
今も世間から分別警察なんて呼ばれて変人扱いされている。鬱病が悪化している、なんて言われているのも知っています。だが心配には及びません。私の精神状態は今とても落ち着いていますし、別にゴミの分別に執着しているわけでもありませんから。ただゴミ回収作業員の人達の苦労を知っていたもので、 ちょっと役に立ちたいと思っただけで、こんな事を続けるつもりなんてありません。だからもう写真を撮ったり貼ったりもしません。あれが町内で噂になったおかげで、ずいぶんと分別マナーも良くなりましたしね。いつまでも梨木さんにボディガードをさせては申し訳無いですし …」
白井は梨木に向かって優しく微苦笑を浮かべた。
「ところで、この写真ですけど ……動画で撮ったものではないですか ?」
俺は折り畳んだコピー用紙を出して、白井の目の前で広げた。
俺の、何の前フリもない問いかけに、白井が一瞬固まった。
「えっ、えっ ? あっ、ああ、そうですよ。一時停止画面をスクリーンショットで切り取ったものですが ……それが何か」
白井が困ったように梨木を見た。
・・・やはり
「この時の動画、今も残っていますか ?」
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