自首をした理由


ショッキングイエローとでもいうべきか。

目の前に置かれた冷茶は、まるでレモンのようにみずみずしい色をしていた。


「いただきます」


・・・


うまっ ……あまっ



「わぁー美味しい。あまーい」


梨木がすぐに感嘆を漏らした。



確かに驚くほど旨い。


「これも煎茶ですか ?」


「玉露です。50℃ほどのお湯でゆっくり抽出して、氷で一気に冷やすんです」



・・・贅沢



「わぁーぜいたく」


梨木は心の声がすぐに漏れるらしい。



「年寄りはこうやってお客さんに見栄を張るんです」


白井柊二はそう言って、梨木の正面に腰をおろすと嬉しそうに目を細めた。



無愛想、頑な、依怙地、変人……


こうやって向き合ってみると、この老人にそんなイメージはまったくない。

人の印象というものは、まったく当てにならないものだ。

刑事になって、何度そう感じてきた事だろうか。



「下村さんの要件を聞く前に、私が喋らせてもらっていいですか ?」


白井は俺に柔らかい目を向けてきた。


「何でしょう ?」


俺がそう応えると、隣りに座る梨木が慌ててローテーブルにグラスを戻して背を伸ばした。


「いや、そんな大層な話でもないが ……」


身を固くした梨木に笑いかけた。



「放火魔だった私が突然、自首をした理由をいつか下村さんに話したい。実はずっとそう思っていたのです」


「私 ……にですか ?」


「そう、さっき庭で下村さんを見た時、やっと話せる時が来たと思い、密かに喜んでいたのです。年寄りの昔話になるのですが、下村さんに是非聞いて貰いたい」


「・・・」


白井はずいぶんとスッキリした空気を纏っていた。



「昔を思い出したからなんです」


何だか愉しそうだ。

白井さんはそんな和やかな雰囲気で話し始めた。


「昔 ……ですか ?」


「そう、定年後すぐに町内会長を無理やり押し付けられて、他人の為に面倒な雑用を年がら年中やらされて、挙句の果てにカラスと闘って、気がついたらゴミの管理までやって …………被害妄想の塊のような人間だった私が、捜査で私のところに現れた下村さんを見て、昔を思い出してふと我に返ったんです。素に戻ったって言うのかな ? 下村さんに名刺を頂いた時 ……あぁ、あの下村さんは刑事さんになっていたんだって、私の中にじわーっと感慨が沁み入ってきました」


「あの下村 ? とは」


思ってもいなかった話 ……俺はすでに聞き入っていた。


「私はこれでも下村さん、梨木さん、お二人の先輩なんです。もう50年以上前の事ですが、私も南洋大の卒業生です。大学3年まで野球をしていました。弱小チームでしたがピッチャーで、一応エースでした。だが3年の時に肩を壊しましてね。野球はそこで断念です。大学を卒業して南洋信用金庫に入って、定年まで勤めたわけですが ……やはり根っから野球が好きでね。間借りなりにもOBとして、ずっと母校を応援していました。

20年ほど前でしょうか、その母校にあの水野薫が入ったんです。夢のようでした。もう週末なんて待ちかねるように応援に行ったものです。するとそこには北高で活躍した大沢秋時も杉村ヒロも ……そしてあなたもいた」



・・・何だかこそばゆい話だな


俺は苦笑いを返すしかなかった。


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