三叉の銛
ゴミ収集場連続放火事件。
三ヶ月内に同じ場所で火災が4件発生した。
当時、町内会長だった白井柊二(76)は、ゴミ収集場のゴミを食い散らすカラスの退治を、市役所の清掃事業課や近隣住民に押し付けられてしまった。
白井は未明から収集場を一人で見張り、カラスの撃退に明け暮れる生活を送る事となる。
これを機に、白井はゴミ収集場の清掃管理をやるようになり、いつしかその任務に使命感を燃やすようになる。
特に分別の取り締まりには厳しく、違反者との口論も日常茶飯事となり、時には罵り合いになる事もあった。
一部の人間のゴミ出しマナーには目に余るものがあった。
悪質なゴミ出し違反者と闘う日々。
真面目な白井の心が徐々に壊れ出した ……後の精神鑑定で重度の鬱病を発症していた事が判明する。
防犯カメラ映像から、参考人として聴取を受けた白井は頑なに犯行を否認。
しかしのちに突然、警察に自首して来た。
「やっぱり犯人の方がマシです。放火魔が町内会長を続けるわけにはいかないでしょうからな ……日本人のマナーがいいってのは、ごまかしですね。日本人は他人にマナーをよく見せるのがうまいだけです。もう疲れました」
そう言って捜査員に頭を下げる白井の笑顔は、とても清々しいものだった。
「何故、梨木が見張ってたんだ ?」
「地域課からの連絡で生安課が白井さんの撮影行為をやめさせようと動いたようですけど、まったく言う事を聞かなかったんです」
「確かに人にどうこう言われて、自分の信念を曲げるような男じゃないな。…で ? 出勤前に見張って白井を守っていた。梨木は白井がやっている事を ……分別警察の取り締まりを応援する側なのか ?」
梨木は俺の意地悪な質問にもすんなりと頷いて見せた。
その自然な佇まいが妙に眩しい。
「応援します。写真を掲示なんて、必ずしもやり方が正しいとは言えません。でも ……私調べたんです。市役所にも行きました。清掃事業課の人たちはみんな白井さんに感謝していて、そして心配もしていました。実は今、リモートワークとか家飲みとかが増えて家庭のゴミが凄く増えているらしいんです。それに比例するように分別マナー違反も増えて、回収作業が以前より大変になっているんです。でもここは白井さんのおかげでいつも回収しやすいようにゴミが纏められていて、分別違反も他に比べると圧倒的少ない。ここで見張っているとよく分かります。白井さんの取り締まりは言うほど厳しくないんですよ。ただ、山下さんのマナーが酷すぎたんです。外からは見えないように燃やすゴミ袋の中心にガラスやスプレー缶を紛れ込ませたり、ちょっと度が過ぎてるんです」
「よく調べてるな ……ちょっと驚いた」
俺は改めてA3の紙を見ながら感心していた。
「 地域住民に …弱い者に寄り添える刑事。そしてバカみたいに人を観察して、人の物語を見極めようとする刑事」
「ん ?」
「杉村先生の言葉です。私、トロいんでこんな事しか出来ないですけど …」
そう言って寂しそうに笑う。
「いや」
俺は優しい気持ちで首を振っていた。
・・・
ヒロ ……
お前は ……どこにいてもまわりの人間を成長させるんだな。
・・・ん ?
白井柊二が撮影した写真の片隅に、ぼんやりと車の先端らしき影が写っていた。
フロントグリルのエンブレムらしき銀色が陽光に煌めいている。
・・・これは
三叉の銛じゃないか ?
マセラティのエンブレム。
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