ゴミ収集場


梨木が三人の間に割り込んで、夫婦と向き合う形になった。

女の方が梨木の肩に手をかけて何か喚いていた。罵るようなヒステリックな声がここまで聞こえて来た。


・・・行くか ?


ちょっと迷ったが、結局ベンチに腰をおろした。

何か分からんが ……住民の揉め事に謹慎中の俺が出ると余計ややこしい事になる …ような気がした。


こんな早朝に110番通報で一課が出向く事などない。通報ならまず地域課、もしくは機捜が登場するはずだ。


何故、梨木 ?


状況が読めん ……


揉め事の原因は分からないが、ここから見る限り梨木には余裕が感じられた。


・・・ ?


梨木に食ってかかる夫婦に、白井がスマホを向けた。


・・・撮影か ?


それに気づいた男の方が、白井に掴みかかった。

梨木が素早く男の前に出た。

梨木を押し退けようとする男の動きを制するように梨木が男の顔の前に手を出した。

男の動きが止まった。


・・・さすが ……動きが舞いのよう


梨木が振り返って白井に何か言った。

白井が黙ってスマホをポケットにしまった。



梨木が丁寧な口調で夫婦に語り続けていた。

彼女の気概が夫婦を圧倒している ……

それだけはここからでもよく分かった。


ゴミ出しに来た人たちが四人、五人と集まって来た。

それに気づいた女の方が不貞腐れたように男の腕を引く。

男が白井に罵声を浴びせると、女に引っ張られるように梨木から離れた。


狭い道路の真ん中に停めたセルシオに乗り込んだ。

運転席に座った男がウィンドウを下げ、梨木に向かって何か喚いてから車を凶暴に発進させて去って行った。


ほっとしたようにゴミ出しをする町内の人たちが次々と梨木に声を掛けている。

梨木は弱々しい態度でひとりひとりにペコペコと頭を下げていた。


白井はそんなことには全く興味がなさそうに、出されたゴミに厳しい視線を送っていた。


うーん ……よく分からんが、ゴミ収集場に平和が戻ったようだ。



梨木が白井に訴えるように何か話掛けていたが、白井は無反応のように見えた。

ただ頻りにゴミの監視をしているようだ。


ゴミ出しに来た町内住民はゴミの監視をする白井には全く興味を向けず、ゴミをそそくさと出しては去っていく。



8時過ぎ。

パッカー車が登場し、ゴミを回収した。

車を下りた三人の作業員は、皆白井に親しげに声をかけていた。

白井も笑顔で応えていた。

さっきまでの態度とは大違いだった。


作業員のひとりが梨木にも何か言っていた。

梨木は神妙に頷いている。

作業員が梨木に丁寧に頭を下げパッカー車に乗り込むと次の収集場へと去って行った。



いつの間にかゴミ収集場から白井の姿が消えていた。

ゴミの管理が終了し自宅に戻ったか。

緑地公園脇に設置されたゴミ収集場から、100メートルも離れていない所に、白井柊二の自宅がある。



梨木が公園に入り、こっちに歩いて来た。


「おはようございます」


「俺にも気づいてたか ?」


「主任が毎朝、ここに来られているのは知っていましたから」


梨木はそう言って、缶コーヒーを差し出した。



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