第七章 分別警察

        【 圧力 】


緑地公園前の道路。


ジムニーシエラに割り込まれ、派手にクラクションを鳴り響かせるBMW。

けたたましい音に、公園を散歩中のトイプードルは怯えて尻尾を巻き、リードをつなぐ老婦人が顔を顰めて肩をビクつかせた。


部活の朝練にでも出るのか …BMの横を中学生の自転車の列がイライラと通り過ぎる。


「うぜーっ」


気の強そうな少年がBMのルーフに白けた言葉を吐き捨てた。

急加速したジムニーを追うようにBMが煽り始める。



棘棘しい光景。


どの顔にも棘が含まれているように見えた。



街が苛ついている。


歓喜に色づいた街が、たった二日で色褪せてしまった。



8年ぶりにリーグを制したしろくまが、ホームに王者マトリックスを迎えて開幕した日本シリーズ。


初戦 0 ー 7。


昨夜の第2戦が 1 ー 8。


大敗 …しかも点差以上の実力差を感じさせる内容だった。

投打にレベルの違いを痛感させられた。


今日、チームは福岡に移動する。

敵地に乗り込み3、4、5戦を戦う。

あと2敗でシリーズは終わる。

たぶん、もう南洋には戻って来ない。

街の誰もがそう思っているであろう。


しろくまが戻って来なければ第6戦はない。

優深との最後のデートも叶わない。

もう会えない。



もともと自分で決めたこと。


しろくまが福岡で敗退しようが ……


祥華が再婚しようが ……


俺には ……


資格がなかったのだ。





公園のベンチに腰をおろした。

国仲美摘さんが消えた場所、消えた時間。

ここに毎日来ていた。

今更ながらの目撃者探し。


犬を散歩する人、ウォーキングする人、ランニングする人、公園を通り抜ける人、ここに住む人。

無駄は承知で片っ端から声をかけ、美摘さんの写真を見せた。

ほとんどの人が “ またですか ” という反応だった。

これで四度目ですよ…と睨み返して来たランナーもいた。




俺たちの証拠集めは完全に頓挫してしまっていた。



まずパンタグラファーが消えた。


元々実体が明らかにされていない存在なので “ 消えた ” と言うのはおかしいが、ネットワーク上に足跡がなくなった。

さらに蓮見一族 …蓮見泰嗣も喬太郎も健一郎も巻田もすべてのSNSの使用を止め、端末を閉じた。


島のホワイトハット仲間が右往左往する中、やはり “ ライン仲間 ” である “ いんふぉーまんと ” がそれを教えてくれた。


来橋教授も迫田も完全に行方をくらませた。


そうなると、手元にある材料だけで闘うしかない。

状況証拠を掻き集め、ジョーが千葉洋平の家宅捜索の礼状請求を裁判所に提出した。


ジョーは即日、とんでもなく強烈な圧力にさらされる事になった。

ジョーが最も信頼する上司が検事総長に呼び出され、ジョーは次長検事の命令で捜査本部から外された。

同時に島も本庁に呼び戻された。


蓮見一族が本気でジョーと島を潰しにかかってきた。

二人だけでなく、二人を理解し信頼する人たちにも容赦のない攻撃が向けられた。

ここで己の正義を貫くと、計り知れない犠牲の連鎖を招く。

誰だって、守るべき家族と生活がある。

自分や自分の身内だけが不幸になる、という次元ではない。

そのやり方はヤクザと何ら変わりはなかった。


結局、島和毅も暮林丈一郎も、階級社会シンジケート圧力パワーに屈するしかなかった。



八方塞がり。


濁った血が体内に沈殿していた。


とにかく気力を奮い立たせる。


そう意識しないと萎えそうだ。




ん ?



3、40メートル先に見えるゴミ収集場で人が揉めていた。

老人らしき男に、若い夫婦と思しき男女が詰め寄っていた。


・・・白井さん …か ?


ゴミ収集場連続放火事件の犯人、白井柊二 … 元町内会長。



男が白井の胸を突くのが見えた。


何やってんだ ?


ベンチから腰をあげた時 …


若い女がすーっと近づいて来た。



・・・梨木 ?



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