殺害予告


「こんなんしかないが ……」


ソファのローテーブルにペットボトルの緑茶を三本置いて、キッチンカウンターにも一本置く。

ソファから離れたカウンターストゥールに座った梨木が心細そうに無言で頭を下げた。


「怪我とかはないのか ?」


島がペットボトルに手を伸ばしながら、俺の身体を見回す。


「ああ、身体は何ともない」


そう言って俺もペットボトルを手に取る。

ソファに座った二人は見事に負のオーラを纏っていた。

特にジョーは明らかに憔悴している。

本当はコーヒーでも淹れてやりたいところだが、今は淹れる時間も惜しい。


「で ? 事件の真相が聞けるそうだが ……」


ジョーが急かすように言った。

珍しく機嫌が悪い ……というか早く捜査本部に戻りたいという感じか。


「なんか珍しいな。上と揉めてるって聞いたが …」


「俺が外されそうなんだ」


俺の言葉に島がシラけたように答えた。


「島が ? 帳場を外れるって事 ?」


「昨夜本庁ウチの目と鼻の先の空き家で殺しがあった。今朝帳場が立ったんだ。殿様が島を戻せって言っているらしい」


・・・蓮見の圧力


優秀な分析官が、いつまでもここに居たら目障りか。

なりふり構わなくなってきたな。


「決定したのか ?」


「いや、ジョーが課長にクレームをつけた。捜査の途中で主任分析官を変えるなんて、担当検察官として承認出来ませんって食ってかかってな」


「あの課長に ? だが、それが通用する相手か」


「今、ウチの親分が動いてる」


ジョーが憮然と言った。


「えっ ? ジョーのために、検事正があの蓮見に抗議 ? 地検の信頼関係凄いな」


「そう。だからジョーは何としてでもこっちを解決しなきゃならない。県警本部長の圧力を撥ね返してくれる上司のためにもな。俺の親分なんて、すぐに戻れの一点張りだけどな」


島が情けない顔を作った。



・・・


「もしかしたら ……ジョーの親分も勝負に出たのかも知れんぞ」


「えっ ?」


俺の言葉に、二人が同じ表情を作った。



「検察はこの事件の犯人を最初から知っている」



「えっ !」


今度は梨木が声を漏らした。

二人は声も出ないって感じか。


俺は一度カウンターに座る梨木と目を合わせた。

こんな腐った真相 ……梨木には聞かせたくないが ……


「聞かせてくれ」「どういう事 ?」


二人から負のオーラが消えた。


「犯人はやはりパンタグラファーなのか ?」


島がおもむろに答えを出した。



「えっ ! 知っていたのか ?」


「いや、とにかくシモの話が先だ」


島の真剣な眼差しが俺の説明を催促していた。



「犯人はパンタグラファー。そして千葉洋平だ」


その場が一瞬で凍りついた。


俺はローテーブルを見つめたまま、真相のすべてを語った。


国仲美摘さんの写真を見て、すぐに千葉洋平を疑い千葉のマンションに直行した事。

そこで袖原に締められ、マンスリーマンションに監禁された事。

そして ……

そこで聞かされた来橋教授の話。


ジョーも島も最後までまったく口を挟まず聴いていた。

ただ、時より梨木の息を飲むような気配だけが背後から伝わって来た。



「だから俺はこれから千葉正利に会いに行く。父親の誇りに賭ける。恐らく邪魔が入る。迫田、来橋教授もそうだが、警察も俺を拘束するために動くだろう ……ん ?」



島が俺にスマホを突き出した。



・・・ニュース ?



「千葉監督に殺害予告 ?」


「今、最もホットなニュースだ。1時間ほど前、球団のホームページの掲示板に “ 千葉監督を刺し殺す ” ってメッセージが投稿された。アンチしろくまか、レッドシャークスファンの仕業だと言われているけど ……今サイバー犯罪対策課がIDから犯人を特定してる」



「・・・これは特定しても ……」


・・・なんてことだ


「そう、恐らくID屋から手に入れたもので、真犯人は特定出来ない。そして …これもパンタグラファーの仕業だ。やっと狙いが分かった。これで千葉監督にはガチガチの警備がつく。シモなんてあっという間にSPに取り押さえられる」


島が忌々しい口調で吐き捨てた。



俺は呆然とニュース画面を見た。



・・・やはり


悪魔には敵わないのか


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