いい刑事像


遠くにマンションが見えてきた。


たった3日空けただけだが、ずいぶんと懐かしい光景だった。


ミラーを見た。

2台を挟んで、アウディがついて来ている。


尾行も見張る事も隠す気がなさそうだ。



それでも ……


俺は何としてでも千葉に接触する。


絶対に ……




だが ……今は、そんな事より ……



「詳しい説明は出来ないが、今後スマホやPCをハッキングされる恐れがある。だから当分の間、自撮りレンズだけでも目隠しして、盗撮されないようにしておいて欲しい」



いきなりマンションに突っ込もうとした南洋署の刑事デカの情報は、蓮見や巻本によって千葉洋平に伝わっている。

もはや俺は洋平のターゲット。

そう考えておいたほうがいいだろう。


だから、俺と連絡を取り合う人間は、すべて悪魔のターゲットとなり得る。

俺を動けなくする為に、誰がどんな目に遭うのか ……俺には想像すら出来ない。

当然、俺を迎えに来てくれた梨木もしかりだ。

だが今はそれを説明する時間はない。



「私は …………詳しい説明をして欲しいです。主任と一緒に闘いたいです」


梨木が強い眼差しを向けてきた。



・・・梨木を巻き込むわけにはいかない


俺と居たら昇任の話なんて、あっという間にぶっ飛ぶ。



「とっ、とりあえずもし今後、梨木がストーカー被害みたいな目に遭ったら ……」

「主任 ……私 ……」



「んっ ?」


梨木の目にらしくない翳りが浮かんだ。



「どうした ?」



「病院 ……行って来ました」



・・・病院




「そうか」



「杉村先生に報告して来ました」



「ヒロに報告 ?」



「春から南洋署の刑事部捜査一課で、遂に下村主任の部下になる事が出来ましたって報告したんです」



・・・



「・・・そうか」



「杉村先生 …よかったねって言って、にっこりして下さいました」



梨木の声は震えていた。



「私、嬉しくなっちゃって ……調子に乗って “ 主任みたいに、いい刑事になれるよう頑張ります ” って言っちゃったんです。ホント軽いですよね私。へへっ ……そしたら ……」



梨木が声を詰まらせた。



「・・・ん ?」



「シモみたいないい刑事、ってどんな刑事 ? って杉村先生に訊かれちゃって ……私 ……すぐに言葉が出て来なくて ……」



「ははっ梨木らしいな」



「素人のぼくがイメージする “ いい刑事 ” はね …って言って話して下さったんです」



「ヒロ ……そんなに長くは話せないだろ ?」



「話せません。もう声も出ません。でもアイ・トラッキングデバイスって機能の付いたメガネがあるんです。PCモニターに映し出された五十音の文字をそのメガネをかけて追うんです。視線がレーザーポインターみたいになって、文字上で5秒間止まると確定されます。そうやってPCに1文字づつ入力するのですけど ……杉村先生は1時間くらいかけて、私に話して下さいました」



・・・そうか


「ヒロのいい刑事像はなんだって ?」


「 “ 地域住民に、弱い者に寄り添える刑事。そしてバカみたいに人を観察して、人の物語を見極めようとする刑事かな ” って言われました」



「・・・そうか」



やっぱり……ヒロは深いな。



「杉村先生は、暗に主任の事を言われてる。私はそう受け取りました。だから何も考えず主任について行けって」



「どうしたら、そう受け取れる ?」



・・・どんだけ、単純



「その後に “ もし、近くにそんな刑事がいたら、力を貸してあげて欲しいな ” って言われたんです。それ絶対、主任の事です。だから、私「はい必ず」って答えました ……だから今、主任がやろうとしている事、闘っている事に知らない振りは出来ないのです。杉村先生との約束ですから」



「・・・そうか」


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