ミスリード


「もしかして私、尾行られてたんですか ?」


後ろを気にする俺に気付いた梨木が泣きそうな声を出した。


「いや、この車が尾行されたんじゃなくて、GPSだろ。さっき言ってたじゃないか、コイツが位置情報を撒き散らしていたって ……だから俺のスマホを追って来たのさ」


俺は通信不能となったスマホを振ってみせた。


「どうしましょう ?」


「尾行は放っておけばいい。もしあのアウディを追う物騒な車が現れたら、その時にどうするか考えよう」


「じゃあ、後ろのアウディは味方なんですか ? ……そもそも主任は何故、追われて ……あっ ! あれ、迫田主任ですよ。えっ ? 迫田主任、失踪したって聞いてたんですよ。どうして …… 」


梨木がバックミラーを見て動揺している。


「まあ後ろの車の事は気にせず、俺を家まで送り届けてくれればいいから ……それより、ここまでの捜査状況が知りたいんだが ……」


俺は、口が10センチほどもある巨大なクリップを両手で玩びながら言った。


「・・・わかりました。それで ……そのクリップは何に使うんですか ?」


「・・・それは …………また今度説明する」


知ったらきっとまた謝罪攻撃が始まる。

手錠なんて、家に戻れば何とかなる。

とりあえず今は運転に集中してもらおう。


サイドミラーにアウディが映っていた。

ミラーで見る限り、迫田が何か仕掛けてくる気配もない。

迫田を追う車も無さそうだ。


状況が見えないが ……

迫田は俺が千葉のマンションに行こうとしたら妨害 ……いや、通報する気なのかも知れない。

自宅で謹慎って事なら、帰宅するだけの俺には手が出せないはずだ。

蓮見たちが戻るまで、俺の動きを見張る。

恐らくそういう事だろう。


・・・蓮見と巻田はいつ戻るんだ ?


市街地に入った。

梨木は意外と運転が上手い。

動体視力が並外れているから、判断が速いのだろう。

まあ、警察官なら大抵上手いが ……


「捜査状況 ……何か知らされてるか ?」


「今朝、綱海さんが少し教えてくれました。あっ、一班ウチは、まず松場さんと白石君が捜査本部から外れました。ウチの班で帳場に残ったのは綱海さんだけなんです。こっちはこっちで既存の案件がヤマのようにあって、松場さんも白石君も大忙しで、帳場を気にする余裕なんて無さそうです」


袖原と迫田と俺。

同時に一班から3人も抜ければ、確かに待機組は大忙しだろう。

情報収集どころではないかも知れない。

とは言っても、その諸悪の根源はどう考えても俺だが ……


「で …綱海はなんて ?」


「まず、国仲美摘さんが行方不明になったと推測される緑地公園近辺の防犯カメラに細工がされていました。犯行時刻と思われる時間帯だけ、まったく別の日の映像が貼り付けられていました」


「ハッキング ? よく分かったな」


「かなり巧妙な差し替えらしくて、初動を担当した3班も、捜査本部に投入された地取り班も完全に騙されていたそうです。でも島係長は一発で見破ったみたいです」


「島ってそんな凄いんか」


「あと前歴リストからは、二人浮かび上がったようです。こちらは現在、行確を徹底的に行なっているそうです。確か ……甲西町と殿町」


・・・市の南端と北端


これは、蓮見側が仕組んだミスリードだな。

捜査員を南北に散らして、洋平の住む東側や覚田正義のいる緑地公園から目を逸らさせる狙いだ。


「あと綱海さん、最近ひな壇がえらく揉めてるって言ってました」


「どう言う事 ? あの課長に盾突くヤツなんていないだろ ?」


「詳しい事は分からないのですが、榊原課長と暮林検事が激しく言い争っていたって」



「ジョーが ?」

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