第五章 でんきねずみ
【 報告か …さらなる誓いか 】
マンスリーマンションのエントランスホールから一歩踏み出した。
それだけで、自分がどこにいたのかが一目瞭然で分かった。
1キロ程先に大学病院の病棟が見渡せた。
マンションのベランダが病院の逆方向にあったので、まったくわからなかった。
病院ならタクシーに乗れる ……
すぐに歩き出した。
病棟を見上げると異常に眩しく感じた。
あの病棟の11階にヒロがいる。
ヒロがこんな近くにいたんだな。
・・・
結局、ヒロには会えずじまいだった。
俺は難病と闘うヒロに会えずにいる。
仲間たちが必死に闘っている。
トシがいくつもの困難を乗り越えていく。
俺はなんも闘ってない。
ヒロの笑顔 ……それを望む資格さえない。
とても合わす顔がない。
梨木が言った、ヒロの言葉。
それがずっと胸に残っていた。
「ぼくが最も信頼している刑事が南洋署にいる」
「日本で一番、誤魔化す事の出来ない刑事」
「日本一、誤魔化しを受け入れない刑事」
誤魔化しを否定するだけなら、子供にだって出来る。
誤魔化しと闘わなければ、所詮負け犬の遠吠え。
・・・だよな ?
病院の大きな駐車場。
エントランスのタクシー乗り場には、老人が5人も並んでいた。
タクシーは1台もいない。
・・・
列に加わろうとしたら、5人からあからさまに怯えの視線が飛んできた。
俺は誤魔化すように、もう一度病棟の11階を見上げた。
・・・ ?
視線の先、病棟の右手に公園が見えた。
確か白山公園 ……大学病院に隣接する運動公園だ。
公園の一角が遊具場になっている。
その中に築山が造成されていて、長い滑り台が山の斜面に沿うように掛かっていた。
その滑り台の上に青年らしき男が立っている。
背筋をまっすぐ伸ばして、じっと病院の方を見上げていた。
・・・えっ !
どうしてこんな所に ?
俺は急いで公園へ向かった。
その青年が病院に向かって頭を下げた。
姿勢を正し指先をきちんと体側に付け、20度のお辞儀 ……まるで警察礼式。
何やってんだ ?
・・・トシ
公園の入口に自転車があった。
豊南高校のステッカー。
トシはまだ自動車免許がない。
築山の下まで走った。
見上げるとまだ頭を下げていた。
まるで ……
お詫びでもしているかのような …… !
そこまで思って、俺は踵を返した。
トイレがあったので、その陰に入った。
トシはまだ頭を下げていた。
こんなとこで ……
ヒロに報告か ……
さらなる誓いか ……
俺に入院先を聞いて来たくせに ……
トシの顔を見たら、ヒロも喜ぶだろうに ……
見舞いに行けなかったか ?
優し過ぎるトシには、酷な現実だよな。
公園の入口まで戻った。
自転車に跨がって、スマホに電源を入れてみた。
意外と電池の残量はあった。
念の為、ネットワーク回線をオフにした。
電話、メール、ラインの着信状況が怖ろしい件数になっていた。
「タカさん ?」
顔を上げると、目の前に目を丸くしたトシが立っていた。
「よっ」
俺は、重い両腕を軽く上げてみせた。
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