とにかく、動く

 

滅茶苦茶に潰した管の中からワイヤーが顔を覗かせていた。

結局、管の表面を圧着ペンチで毟り取るような作業になっていた。


・・・あと少し



陽が高くなっていた。

かれこれ15時間。

予想をはるかに上回る難作業だった。


最初の5時間はまったく埒が明かなかった。

思い立ってトイレに置いてあった洗剤を、管に垂らしてみた。

時間が経つにつれ、管が変色していった。

夜が明ける頃には、明らかに管の腐食が進んでいた。

そこからはひたすら管を削ぐようにペンチで金属を毟り取った。


・・・正午


もうワイヤーの輪っかの部分を引っ張れば外れるのかも知れない。


が、一度ここで止めた。


そろそろ教授が、メシを届けに来る時間だ。

とりあえず圧着ペンチを元の場所に戻した。

トイレに行き、管に付いた洗剤を水で洗い落とす。

ついでに目も洗浄した。

洗剤の刺激臭で目がショボついていた。

トイレのドアを開けたまま、換気扇はずっと回しっ放しにしてあった。

もう刺激臭は消えているはずだが、念の為そのままにした。

バレて老人と争うような荒事は避けたい。


ソファに横になった。

毛布を目元までかぶった。

目を閉じても眠りは訪れなかった。

一睡もしていないが、眠気なんてまったく無い。



30分ほどじっとしていた。


鍵を回す金属音。


・・・来た


弱々しい足音がこっちに近づいて来る。


キッチンカウンターに何かを置く気配。


溜め息のような息遣いが聴こえた。


少し立ち止まって、すぐに足音が遠のいて行った。

やはり弱々しい足取り。


施錠の音。


出て行った。


眠ったフリをしていれば、すぐに帰る。

そう思った。

起きていれば、話を始めていつ帰るか見当もつかない。

ここに長くいればワイヤーを切ろうとしている事がバレるだってあり得る。


3分だけ待って目を開けた。

これで明日のこの時間まで、俺が脱出した事も気付かれない。


上体を起こし、ワイヤーの輪っかを引き裂くように引っ張った。



・・・外れたっ !



ベット ……枕の下。


警察手帳、警電、スマホ、財布をジャケットのポケットに突っ込んだ。


・・・やはりないか


手錠の鍵を期待したがそう上手くはいかないものだ。


手錠をつけた無精髭の大男。

誰が見ても、即通報するだろうな。


とりあえずバスルームにあったタオルを手首に巻きつけて縛った。

手錠は隠れたが ……これはこれで怪しいな。


とにかく、動く。

何としても、ジョーと島に会う。

あいつらの力に頼る。


俺は ……


仲間たちに支えられて頑張って来たんだ。


一人じゃ何もできねぇんだ。



例のスニーカーを履き、玄関のドアを押した。

外に出るのは3日ぶりだった。





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