何をやっても裏目

 

七回。


しろくま1点リードのまま終盤に入った。



草薙の粘り強いピッチング。


一軍初登録のキャッチャーを落ち着かせるためか、ウイニングショットはすべてストレート。

レッドシャークス打線も当然それに気付いているだろうが、それでも凡打を重ねていた。


6イニングを無失点。被安打2。無四球。12奪三振。

ピンチらしいピンチもなく、二塁を踏ませない堂々たるピッチング。

球速はマックス149キロとラファエルに遠く及ばないが、キレがすごい。

そして低め低め、それもベースの角を掠めるような制球力は、まさに球界のエースと呼ぶに相応しいものだった。



・・・さすがだな



この回 ……


セカンドゴロをコータが丁寧に捌いた。


ワンナウト。




ショートフライをルーキーの沖野が両手でしっかりと捕球した。


ツーアウト。



どうって事のないプレーだが、二人の動きには言いようのない安心感がある。



やはり野球はセンターライン。


バッテリー、二遊間、そしてセンター。


ここの守備力が安定していれば、チームの腰が落ち着く。


仲間たちと ……チームスポーツが全力で楽しめる。





・・・




大沢が構える大きなミットに投げ込む。




振り返れば水野がいて、コータがいた。




そしてその向こうに西崎。




・・・はぁぁ




楽しかったなぁ




意味もなく昔を思い出して溜め息を突く。






打球がフラフラっと一塁後方にあがった。


ケースケが無駄のない動きでフライを追う。


いいスタートだ。


打球の追い方に迷いがない。


打球は意外と流れて、ケースケが外野のファールグランド中央まで追っていた。

まったく危なげがない。

十分追いつきそうだ。


これでチェンジ ……


このあとしろくまが1点でも追加出来れば、一気に行けそうな流れになった。

エースがいい流れを作った。



「ファースト !」



コータの叫び声がはっきりと聴こえてきた。



・・・ん ?



ケースケが長い手を伸ばして、捕球しようとした瞬間 ……



突如、人影が現れた。



ボールがケースケのミットを跳ねたのが見えた。




・・・トシ



トシが突進して来て、ケースケと交錯した。


突然、背中を押されたケースケがボールを取り損ねた。



「ファール !」



・・・まずいな



ライトの定位置から、あそこまでダッシュしたのか ……



きっと ……



高く上がった打球を必死に追いかけた。



ボールしか見ていなかった。



おそらく ……



併殺打を重ねた事で、大きな荷物が責任感の強いトシにのしかかっている。

きっと自分を責めている。

そんな必要もないのに、罪悪感に苛まれているんだ。


心の余裕を失い、視野が狭くなってしまっている。

だから、打球に追いついたケースケの存在に気づかず、闇雲に突っ込んだ。


何をやっても裏目に出る。

時にはこういう日だってある。



スタンドがザワザワしていた。



トシが座り込んだまま、呆然としていた。


ケースケが笑顔でトシに何か言っていた。


コータが飛んできて、トシを後ろから抱き抱えて立たせた。

そのまま脇の下をくすぐり始めた。


トシが申しわけ無さそうに少しだけ笑顔を見せた。


マウンドの草薙も笑顔でトシに声を掛けた。


トシは草薙に軽くお辞儀して、走って守備位置に戻って行った。



気にするな、なんて言っても優し過ぎるトシには、その言葉さえも重荷にしてしまう。



結局、自分で乗り越えるしかない ……のか ?



この先トシに向かって、いい風が吹いてくれればいいが ……




だが ……


草薙、渾身の151キロは高さもコースも完璧に見えた。

これをアウトを免れたバッターの、開き直りのフルスイングが、たまたま ……真芯を食った。


打球はライナーでレフトスタンドの最前列の飛び込んでしまった。


同点。


よりによって、ここで最悪の風が吹いた。



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