あいつらがいれば …

 

遠い歓声。



・・・



映像をぼーっと眺めていただけの脳内に、響めきのような音が徐々にボリュームをあげて侵入してきた。



どわあぁぁぁぁぁー !



大歓声。



外野手がクッションボールの目測を誤った。


大きなストライドが二塁ベースを蹴った。


ケースケが大きな体を投げ出すように頭から三塁に突っ込んだ。



「セーフ !」



うおぉぉぉぉー !



スリーベースだ。




リプレイ映像。


二回、先頭の森田がラファエルのシンカーを掬い上げるように捉えた。


高々と舞い上がった打球が右中間フェンスの一番高いところで跳ねた。



・・・惜しいっ、あと10センチってところだったか




ノーアウト三塁。



ここで追加点が入れば ……



チームが ……

たぶんキャッチャーが落ち着く。

大黒柱を欠いた不安を払拭出来る。




『7番ライト下村、背番号37 !』



アナウンスと同時にスタンドが沸いた。


スタンドからトシに檄を飛ばす声援と拍手が鳴り響いた。


・・・人気あるな


トシがスタスタと右打席に入った。

顔が青褪めているように見えるのは気のせいか。



・・・緊張してる ?



無理もないか。



このあと、8番キャッチャー吾妻、9番ピッチャー草薙。

当然、期待出来ないバッターだし、もちろん代打というわけにはいかない。


今日の7番バッターはいつもより責任が重いのだ。




ラファエルの初球。



・・・えっ ?



ケースケがスタートを切った !



初球スクイズ ?



トシがさっと腰を落としてバントの構えを取る。



151キロのストレート。


外角の ……かなり高めに ……


しかも相当遠い !



外された ……



完全に読まれてる。



バントの構えから一転、トシが体を投げ出すようにボールに飛びついた。


バットと身体が一直線に伸びた。



・・・とどけ !



“ コンッ ”



当てたっ !



よしっ !



・・・あぁぁ !



弱々しい打球が ……



ラファエルの正面にあがった。



ピッチャーフライ。



ラファエルがガッツポーズをしながら捕球して、ゆっくりと三塁に投げた。



ケースケは戻れない。



・・・ゲッツー




スタンドのざわめき ……


溜め息が波紋のように拡がった。




バッターボックスに倒れ込んだトシが、ケースケに手を引かれて起こされていた。


ケースケは笑顔だが、トシの顔は引き攣っていた。



カメラがトシの背中を追った。


佐久間コーチが二人を迎えて、俯くトシに声をかけていた。



その後ろ ……


背中をむけた千葉監督がバットケースを蹴飛ばした。


・・・最低



初球スクイズは千葉の采配か ?


意表を突いたつもりか ?


また千葉マジックとか言われたかったか ?



バッテリーからすれば意表でも何でもない。

それどころか、まず初球を外すのがセオリーの場面でさえある。

そもそもこの場面で、一度も三塁ランナーを牽制しなかったバッテリー。

スクイズを誘った ?

まずそこを疑うべきだ。



・・・大沢がいれば



・・・水野がいれば



あいつらがいれば ……


バントの構えでバッテリーにプレッシャーをかけて、ボール球を先行させてから、トシのミートセンスを信じて、エンドランをかける。

前進守備 ……トシなら内野の間を狙える。

たとえ抜けなくても、ボールが転がれば点が入る可能性は高い。

たぶんそうする。


あれじゃ、トシが晒し者だ。



・・・クソッ


やっぱりあの親父 ……


ムカつくわ。


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