庇護者の死
10年ほど前から、洋平は少女拉致誘拐に一切、手を染めなくなっていた。
ここ10年は、言わば完全なる引きこもり状態だ。
ただし、ターゲットを見つけたら、どうしても我慢出来なくなる。
それは引きこもっていても変わらなかった。
それは2年くらいの周期で訪れる悪魔の気まぐれだった。
その気まぐれに応えていたのが、母親の知遥だったのだ。
千葉知遥は、愛する洋平に犯罪を犯させない為に、自らが少女拉致に動いていた。
我慢出来なくなったら、母親にオーダーすればターゲットを配達してくれる。
洋平はただ部屋で待っていればいい。
そんな庇護が常態化していた。
誘拐犯は千葉知遥。
洋平は無関係。
元々不正アクセスを立証するのさえ難しい状況下、洋平の犯罪を立証出来る唯一の機会まで無くなってしまった。
千葉洋平の摘発は、母親によって到底不可能な完璧な包囲網が敷かれた状態になってしまっていたのだった。
しかし ……
2年ほど前、洋平を囲む四方の壁の一枚が、突然崩れ落ちた。
千葉知遥が癌で亡くなったのだ。
そして先月 ……
庇護者を失った洋平に、気まぐれの周期が訪れた。
洋平には我慢という概念はない。
しかし、ターゲットを配達してくれる庇護者はもういない。
洋平が10年ぶりに巣穴から姿を現した。
今回の事件にはこんな背景があった。
昼間、俺の食料を届けに来てくれた来橋教授の目は異様な光を発していた。
早朝から迫田のインプレッサを乗り回し、東名高速を使って名古屋まで行き、公共駐車場に車を放置し、新幹線で戻って来たそうだ。
裏切り者の迫田を抹殺しようとする蓮見一族の動き。
それを逆手に取る来橋教授の攪乱戦法。
悪魔との駆け引きが始まっていた。
名古屋方面に逃げたインプレッサを追う
迫田の自宅周辺に設置された防犯カメラ。
幹線道路のNシステム。
そして広域監視システム網。
インプレッサの外観、形状、ボディカラー、そしてナンバー。
悪魔によってセーフサーチにかけられて、フィルタリングされたインプレッサ情報が瞬時に蓮見喬太郎の元に飛ぶ。
喬太郎の闇の力(吊るし委託人 ?)が迫田のインプレッサを追う。
名古屋では来橋教授と連携する検察の特捜部がそれを待ち受ける。
迫田に小関の二の舞いを演じさせるわけにはいかない。
当の迫田は南洋市内のビジネスホテルに籠もっていると言う。
小関の手紙。
その中にはマイクロSDが入っていた。
ハッキングによって、十数年に渡り収集した数々のログ。
洋平と蓮見一族のやり取り。
洋平と被害少女、被害者家族とのやり取り。
蓮見一族の隠蔽工作のやり取り。
蓮見健一郎と巻本幹正のやり取り。
迫田も洋平と千葉知遥の会話を盗聴した音声データをいくつも入手していた。
それぞれをつなぐ証拠は揃っている。
闇の力は検察が抑える。
あとは ……
国仲美摘さんを洋平の部屋から覚田正義の部屋へ移す現場さえ押さえれば ……
すべてがつながる。
千葉洋平という悪魔をこの世から抹殺する事が出来る。
70歳を越えた来橋教授の悲壮な思いは、その双眸にはっきりと浮かんでいた。
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